2024年01月18日 更新 (2023年12月20日 公開)
国立研究開発法人国立環境研究所/環境リスク・健康領域 主任研究員。2023年〜メルボルン大学で研究している。犬と一緒に安心して暮らせる社会の実現を目指す。
犬を飼うと認知症リスクが約40%も低下するってほんと? 犬との幸せなくらしが、超高齢化社会にもたらすメリットとは
目次
- 犬を飼う高齢者は認知症リスクが約40%も低いことが判明
- 犬とのくらしは、高齢者の健康にいいことばかり?
- 愛犬との「散歩」が、認知症リスクを遠ざけていた
- 猫ではなく犬とのくらしのほうが、認知症予防には有効
- 大切なのは「犬に愛着をもっていること」
- オーストラリアは動物が社会となじみ自然と愛着が育まれる、理想的な環境
- ペット飼育者は介護保険の利用料が約半額? 犬の持つ力
犬を飼う高齢者は認知症リスクが約40%も低いことが判明
「犬を飼うと認知症リスクが低下」
2023年10月、犬好きには何とも嬉しい研究結果を報じたニュースが話題を集めました。
この研究をしたのは、独立行政法人東京都健康長寿医療センター客員研究員、国立環境研究所主任研究員の谷口優さんです。健康長寿の要因、特に認知症予防の研究をしています。
谷口さんは、幼い頃から動物とくらした経験があり、ジャックラッセルテリアの愛犬もいます。
「私自身、どんなに眠くても、雨が降っていても、毎朝早く起きて散歩に行っています。この愛犬のための運動習慣って、他の何ものにも変えられないですよね(笑)」
そんな谷口さんは2023年に、「ペット飼育と認知症発症リスク」に関する研究論文を発表しました。この研究によって、世界で初めてペット飼育と認知症発症との関連性が明らかになりました。
なぜ犬とくらしている人は、そうでない人に比べて認知症になる確率が低くなるのでしょうか。また、犬を飼っている人の中でも特に予防効果が期待できる人には、どのような特徴があるのでしょうか。主任研究員の谷口さんにお話を聞きました。
犬とのくらしは、高齢者の健康にいいことばかり?
東京都健康長寿医療センターは、東京都に住む65歳~84歳までの要介護認定を受けていない男女約1万1,200人(平均年齢74.2歳)を対象に疫学調査を行いました。
これまでの研究から、犬を飼育する高齢者は、飼育したことがない人と比べて、「フレイル」になるリスクが約2割も少なくなることなどがわかっています。
「フレイル」とは、年齢にともなって筋力や心身の活力が低下し、介護が必要になりやすい状態のこと。要介護に移行する前の虚弱状態のことです。
また、犬を飼育する高齢者は、飼育したことがない人と比べて、要介護や死亡のリスクが約5割も低いこともわかっています。
そこで谷口さんはさらに研究を進め、ペットの飼育経験と「認知症」発生リスクの関連性を調べました。
そして2023年10月の発表で明らかになったのは、主に次の3点です。
- 犬を飼っている人は、飼っていない人に比べて認知症発症リスクが約4割低い
- 犬を飼っている人のうち運動習慣がある人や社会的孤立状態にない人は、認知症が発症するリスクがさらに低い
- 猫を飼っている人と飼っていない人の間では、認知症発症リスクに特段の差はみられなかった
この研究は、2016年の調査で得られたペットの飼育経験をもとに、2020年までの介護保険情報に紐づいた調査です。
結果は上記のとおりで、犬の飼育者で認知症リスクの抑制に大きな効果があることが示されました。
愛犬との「散歩」が、認知症リスクを遠ざけていた
谷口さんは、犬の飼育が認知症リスクを下げる要因について「運動習慣」の影響が大きいことを分析しています。
「犬を飼っている人の中でも、愛犬の世話をしている人と、世話をしていない人では、健康効果が違うかもしれません。また、犬を飼っていない人の中でも、運動をしていれば認知症の予防効果は十分に得られるかもしれないので、調べてみました」
【犬を飼っている人】のなかで
- 運動習慣のある人
- 運動習慣のない人
を比較した場合は、運動習慣のある人の認知症発症リスクが低いことが示されました。
同様に、【犬を飼っていない人】のなかでも
- 運動習慣のある人
- 運動習慣のない人
を比較してみると、やはり運動習慣のある人のリスクが低いことがわかりました。
しかし、犬を飼っている場合と飼っていない場合では、犬を飼っていない人の方が、リスクの抑制効果は限定的でした。
つまり犬を飼っていなくて運動習慣がある人よりも、犬を飼っていて運動習慣もある人のほうが、認知症になる可能性が低いということになります。
「ジム通いやジョギングを毎日継続するのはなかなか難しいです。でも、犬と一緒にくらしていると毎日散歩に連れていきますから、運動の頻度が高いレベルで保たれることになります」と谷口さん。
猫ではなく犬とのくらしのほうが、認知症予防には有効
今回の研究では、犬を飼っている人に認知症発症リスク低下が認められたのに対し、猫を飼っている人には認められないこともわかりました。
この理由についても谷口さんは「運動習慣」がポイントだといいます。
「猫は基本的に散歩を必要としない動物。猫を飼っても日常的に運動する必要性はないため、猫の飼育を通じた認知症リスクの抑制効果は認められないと考えられます」
また、犬がいると社会との繋がりを持ちやすいことも、認知症リスクを下げる要因の一つになっていると谷口さんは指摘します。
犬を飼うと、散歩の途中で犬友と立ち話や情報交換をしたりするからです。そして、犬と一緒に出かける機会が増えて、社会的に孤立するリスクが少なくなります。このように犬を通じて社会とかかわりを持ち続けることが、認知症発症リスク低下にも繋がると考えています。
「すでに愛犬と一緒に散歩や外出を楽しみながらくらしている人にとっては、自然と認知症予防が期待できることから、まさに一石二鳥です」
大切なのは「犬に愛着をもっていること」
一方、犬とくらしたことのない人が「認知症予防になるから」という理由で犬を飼い始めるのは考えものです。
たとえば犬が苦手な人には犬と暮らすこと自体がストレスになりますし、積極的に散歩や世話をしたり、犬を介して周囲と交流を深めることも考えにくいので、犬飼育による認知症予防効果はあまり期待できないでしょう。
また、犬への関心が薄く、犬を散歩に連れて行かない、世話をシッターさんや他の家族に任せるという飼い主さんの場合も、運動習慣や社会との繋がりが生まれにくいため、認知症発症リスク低下の効果は望めそうにありません。
高齢になってから認知症にならないために犬を飼うというよりも、若いうちから犬と楽しみながら暮らす人が増えたら、社会全体で認知症リスクが抑制できる、と考えたほうが自然なのかもしれません。
では、どうすれば犬とのくらしを楽しむ人が増えるか……。
谷口さんが着目するのは「愛着」です。
「犬とのくらしを積極的に楽しめるのは、犬に愛着をもっている人です。犬への親しみや愛情があるからこそ、毎日散歩に連れていき、甲斐甲斐しく世話をしたくなるんですよね。ただ、ペットへの愛着は持たされるものではなく、幼少期から育んでいくことが大切だと思います」
オーストラリアは動物が社会となじみ自然と愛着が育まれる、理想的な環境
しかし今の日本、特に都市部でのくらしでは、子どもが動物と触れ合う機会は限られています。
谷口さんもお子さんの学校に愛犬を連れて行き、子どもたちが動物と触れ合う体験に協力したことがあるそうですが、犬を触ったことがなく、怖がってしまうお子さんが多かったといいます。
「その点、今くらしているオーストラリアは動物と人の距離がとても近いんです」
オーストラリアでは、犬や猫、馬などのペットだけでなく、トカゲなどの爬虫類や鳥、昆虫など野生の生き物も身近に生息しているので、動物への苦手意識を持っている子どもが少ないように感じるのだそう。
中でも犬は、文字通り家族の一員。家族旅行や外食にも当たり前のように連れていきますし、電車などの公共交通機関にもリードにつないだまま(キャリーケースなどに入れずに)、普通に乗車ができます。
「犬を飼っていない人も、当たり前のように犬の存在を受け入れています。そんなくらしぶりを間近に見ていると、幼少期に動物と接する機会を増やして、愛着を育むことの大切さを実感させられますね」と谷口さん。
今後は「愛着」を切り口に動物とのかかわりが認知症発症リスクに与える影響についても、研究を続けていきたいと話します。
ペット飼育者は介護保険の利用料が約半額? 犬の持つ力
また、谷口さんは犬を飼う人が増えたら、社会全体へどんなメリットがあるのかについても注目しています。
「2017年に行った調査で、ペットを飼っている人の介護保険サービス利用料は飼っていない人の約半額だったことがわかりました。犬や猫の飼育を通じて、規則正しく生活することが心身の健康維持に繋がること、また家族や地域社会との関係性の維持に繋がることで、ペット飼育者が要介護状態になった場合に、介護サービスの利用の頻度や内容が軽度なものになっていると考えられます」
つまり、ペットとのくらしを積極的に楽しむことによって、飼い主自身の健康維持だけでなく、社会保障費の抑制にも貢献している可能性があるということです。
「ペットを飼うことが社会貢献に繋がるエビデンスを示すことができれば、ペットを飼う人のメリットになるようなサービスや仕組みが生まれるのではないかと期待しています」と谷口さん。
「たとえば、ペット飼育に必要な費用と、ペット飼育を通じた健康効果や社会保障費の抑制効果を比べたときに、費用対効果が十分に期待できたとします。その場合、ペット飼育者の保険料金を低く設定することやペット飼育に必要な費用の一部を支援するなど、犬を飼っている人を社会全体でサポートする仕組みづくりがいいですよね」
谷口さんは最後に、大切にしているというイギリスのことわざを教えてくれました。
子どもが生まれたら犬を飼いなさい。
子どもが赤ん坊の時は、良き守り手となるでしょう。
子どもが幼い時は、良き遊び相手となるでしょう。
子どもが少年期の時は、良き理解者となるでしょう。
そして子どもが青年になった時、犬は自らの死をもって命の尊さを教えるでしょう。
「犬はその短い一生の間に、私たちに本当に多くのことを教え、与えてくれます。良きパートナーである犬と何歳になっても一緒に安心して暮らせる社会の実現を目指して、これからも研究を続け、有意義なエビデンスを積極的に発信し続けていきたいと考えています」
犬とのくらしを楽しむことや犬と暮らす人を応援することが、より幸せで住みやすい社会の実現に繋がるのかもしれません。