2023年09月13日 更新 (2023年07月03日 公開)

広大な森林に、新たな価値を吹き込んだドッグフィールド『ワンコの森』
「周りの目を気にせずに、もっと愛犬が自由に走り回れる場所があったらいいな」
そう感じる飼い主さんは多いのではないでしょうか。
日本でたったひとつ、そんな飼い主さんの願いを叶え愛犬と一緒に自然を五感で感じながら楽しめる特別な空間があります。
それが、三重県大台町のトヨタ三重宮川山林、通称『ワンコの森』です。四季折々移り変わる森林の中で、愛犬用のアウトドアアクティビティプログラム『ワンコの森あそび』が開催されています。
『ワンコの森あそび』は、最大12名+ワンちゃん12頭のみで自然を大満喫できるコースです。
きちんと管理された東京ドーム360個分の広大な土地で、愛犬をノーリードにして遊べるのが特徴。※ノーリードは、ガイド案内のもとで指定されたエリア内となります。
案内ガイド付きで林間ハイキング、山岳トレッキング、渓流シャワークライミングなどの体験ができます。


普段はお家の中にいるワンちゃんも、大自然を前にするとイキイキとした表情で遊びはじめるのだそう。そんなワンちゃんたちに導かれながら、大人も子どもも思いっきり自然を体感できる場所です。
なぜ森で犬を遊ばせようと思ったの? ノーリードは危険じゃないの? 『ワンコの森』を立ち上げ、企画・運営する、Wans Laugh(ワンズ・ラフ)の代表・小田明さんにお話を伺いました。
第二の人生を考え、50代から犬を飼い始めた小田明さん
2019年、小田さんはWans Laugh(ワンズ・ラフ)を立ち上げると共に、脱サラを決意。お住まいも東京と三重県大台町の二拠点生活になりました。
東京の大手通信会社で働いていた小田さんは、50代に入り退職後の“第二の人生”を考えはじめます。その時、伊豆下田のペンションに住む先輩を思い出しました。ひと足さきに退職し、一匹のゴールデンレトリバーと暮らしてる先輩です。
これまで一度もワンちゃんを飼ったことがなかった小田さんも、ワンちゃんがそばにいる地方暮らしに憧れを抱くようになりました。
「会社員時代、私の生活は仕事が中心でした」
毎日遅くまで働き、夜は会社のみんなで飲みに行き、お休みの時は大胆に旅行をする。それはそれで充実した日々だったけれど、「ワンちゃんがただそばにいてくれる」そんな静かな日常に心が惹かれるようになりました。
「自分の第二の人生にワンちゃんがいてくれたらいいな」
そう思った小田さんは、当時の東京の家でも飼える大きさで、遊ぶのが大好きな犬種「ジャックラッセルテリア」を飼うことを心に決めます。ブリーダーさんのもとに訪れ出会ったのが、のちにWans Laugh(ワンズ・ラフ)立ち上げのきっかけとなる“ゲンキくん”でした。

当時会社員だった小田さんの生活はゲンキくんが来てからガラッと変わっていきます。家でゲンキくんが待っていると思うと、自然と帰宅するのも早くなっていたそう。
しかし、ゲンキくんとの暮らしを送るある日、自分たちの家の近くにドッグランがないことに気がつきます。近所の公園もワンちゃんは立ち入り禁止だったりと、ペットにあまり優しくない地域の現状を目の当たりにしました。
休みの日には車を1時間ほど走らせ東武東上線森林公園へ。自然が豊富で整備されている空間に、ゲンキくんは大興奮。あまりに楽しそうに走る姿に「もしこんな自然の中でノーリードで遊べる場所があったらな」と感じた経験が、後に『ワンコの森あそび』の生まれる種となったのです。
自分のやりたいこと=犬の幸せ『Wans Laugh』(ワンズ・ラフ)の発足
会社を辞め、ゲンキくん(兄)のんきくん(弟)に見守られながらはじまった小田さんの第二の人生。
そう聞くと、犬がいる定年後の穏やかな暮らしを想像しますが、小田さんが選んだのは、たくさんの人に話を聞き、新しいことに果敢に挑戦する茨の道でした。
「第二の人生は、世の中のためにできることをしたいと思ったんです」
実家が島根県の小田さんは、地方のためにできることを考えるようになります。地方で活躍する人たちが集まるプログラムを見つけては参加を繰り返すなかで、小田さんが着目したのが「山林の活用」でした。現在地方には、手入れが行き届いておらず荒れ果てた山林が多くあります。

「人が手をかけることで自然が蘇り、人にとっても自然のありがたさを感じられる機会をつくりたい。そして、その空間にはワンちゃんも一緒にいてほしい」
小田さんの想いと『ワンコの森』の構想は広がっていきました。その一方で、果たして本当に事業化できるのか? ビジネスとして成り立つのかどうか? さまざまな心配事が出てきて、なかなか踏み切れずにいました。
そんなある日、大台町宮川の森をベースとした『トヨタフォレストチャレンジ』というビジネスコンテストに出会います。
『トヨタフォレストチャレンジ』とは、トヨタが持つ森林を活用した新規事業を立ち上げるプロジェクト。小田さんは『わんこの森』の構想を携え応募し、2018年見事に採用されました。そして、モニターイベントの開催を経て、2019年にドッグイベント事業の団体、Wans Laugh(ワンズ・ラフ)を立ち上げます。

本格始動するタイミングで、ついに小田さんは退職と起業を決断するに至ったのです。このプロジェクト自体は既に終了しましたが、今もトヨタからの山林利用許可を得て事業を続けています。
「小田さんがやりたいように自由にやってくださいと言ってくれました。この機会がなければ、事業化はあきらめていたかもしれません」

Wans Laugh(ワンズ・ラフ)が生まれるまでの間、小田さんが最も印象に残っているのは「ローカルベンチャーラボ」という地域起業家向けプログラムのメンターからの問いかけだったといいます。
「僕が何かアイデアを持っていくたびに、それは本当に小田さんがやりたいことですか?と何度も問いかけられました」
その本質は、『好きだから継続できる、継続するから本物になる、本物になるから生き残っていける』という新たな視点。好きなことを仕事にするためには、人から何かを教えてもらうのではなく、自分自身の幸せや心から好きだと思えることを見つけることが大切なことを、メンターから教わったのだとか。
「サラリーマンを35年もやっていると、頭がガチガチなんですよ(笑)」と小田さん。
地方で活躍する人たちと関わるなかで、お金を稼いだり、仕事をするだけではないさまざまな幸せの形を目の当たりにし、“本当の幸せ”を、何度も何度も考えました。
そして、小田さんにとっての“幸せ”の原点は、ゲンキくん・のんきくんが楽しんでくれること。愛犬の楽しんでいる姿を見られると、飼い主も嬉しくなるということを、ゲンキくん・のんきくんとの日常生活を通して感じていたからです。
『森×犬』を広めていき、喜ぶワンちゃん、飼い主さんを増やそう。その思いを形にしたのが、Wans Laugh(ワンズ・ラフ)が運営する『ワンコの森』。森の中で愛犬とノーリードで思いっきり楽しめる、これまでにない空間です。
“目に見えないリード”がたしかにある。ノーリードで築く愛犬との信頼関係
「ノーリードで森あそび」と聞くと、ワンちゃんがどこかに行ってしまうのではないかと、最初は不安に感じるお客さんもいます。しかし、その緊張感があるからこそ感じられるのが“見えないリード”の存在です。

『ワンコの森』でワンちゃんは、リードでコントロールせずとも、意外と飼い主のそばから離れなかったり、数メートルおきに振り返ったりするものなのだそう。言葉にならない、愛犬との不思議な一体感が生まれるといいます。
川遊びが大好きなゲンキくんも、川に入る前に一度小田さんの顔を見るそうです。
「いいよ! と合図を出すと、うれしそうに川にダイブします」

この「心がつながっている感覚」は、お客さんも小田さん自身もうまく言葉にできない感覚だと言います。しかし、言葉では言い表せなくともお客さんやワンちゃんの表情から伝わってくるものなのだそう。
「どんな飼い主さんでも、自然と本当に優しい表情に変わっていくんです」
森あそびの最中には小田さんが写真やビデオを撮影してくれます。それを見て涙を流すお客さんもいるそうです。
『これって言葉やお金では決して表すことができない、すごい価値ですよね』
お客さんのこの言葉に、『ワンコの森』が人やワンちゃんにもたらす豊かな体験が象徴されているようです。

「人間×犬×自然」3つの命を最大限に活用した『ワンコの森あそび』
『ワンコの森』を営むにあたって、小田さんが大切にしているのが“空間”と“時間”の2つです。
“空間”とは、ノーリードでもある程度、人もワンちゃんも安心して遊べる整備された森林そのものを指します。『ワンコの森』という企画は、林業だけではない新たな視点やアイディアで、森林空間の価値を最大限に高めること。
そして、後世にも森林が持つ魅力を伝えることが、Wans Laugh(ワンズ・ラフ)の担う役割の一つだといいます。今後はワンちゃんを飼っていない小さい子でも、犬と一緒に自然を学びながら森林空間を楽しめるアクティビティも予定しているそう。
2つ目の“時間”とは、限りある命を大切にすること。Wans Laugh(ワンズ・ラフ)のアクティビティの中には、人間、犬、自然の3つの命が存在します。

人間の寿命は長くて100年近くありますが、ワンちゃんは10〜20年。そして自然は何百年の命。その3つの時間軸が共に存在する空間の中で、「命の不思議さやその尊さをお客さんに体感してもらいたい」と小田さん。
「仮に、年に2回来てくれるワンちゃんの寿命が10年だったとします。すると、そのワンちゃんがここに来れる回数は20回です。僕は20回の限られた機会を、大切にしたいんです」
もし『ワンコの森』がなければ、その20回はたぶんゼロ回になっていた。そう想像すると『ワンコの森』をつづけることの意義を強く実感するといいます。
『こんな貴重な体験は他にない。また来たい』と言ってくれるお客さんや、楽しそうに遊ぶワンちゃんたちの姿を見ることが、小田さんが『ワンコの森あそび』プロジェクトを続けるモチベーションになっているそうです。
何気ない日常を大切に。愛犬・ゲンキくんが教えてくれたこと
小田さんが初めてトヨタ三重宮川山林を訪れた2018年から約5年。Wans Laugh(ワンズ・ラフ)を開業し、『ワンコの森』で約1,600名の飼い主と1,200頭のワンちゃんに出会いました。
こうしてお客さんに愛されるまで、ずっと小田さんのそばにいてくれたのがゲンキくんでした。ゲンキくんは、2023年4月に血管肉腫のため亡くなりました。
「彼がそばにいたから、僕は脱サラを決断し、第二の人生をはじめられたんです」
言葉は交わさずとも、ただただそばにいてくれる愛犬・ゲンキくんがいる日々は、決して派手でも華やかなものでもなく、淡々とした日常でした。でも、だからこそ何気ない日常の尊さをゲンキくんが教えてくれたといいます。

「これがいわゆるペットロスなのかもしれないけど、僕にとってはゲンキくんは家族というよりも“相棒”という感じで......。自分の一部が欠けたような感覚なんです」
ゲンキくんが亡くなったいま「限りある命を、何気ない日常を大切にすること。いまはそれしか伝えられません」と、小田さんは言葉を詰まらせながら話してくれました。

ゲンキくんの弟のような存在「のんきくん」は、あの優しいゲンキくんが「鬱陶しい!」という顔をするほどのお兄ちゃん子でした。ゲンキくんが亡くなってから少し寂しそうな様子。

「リーダーのゲンキくんの役割を今度はのんきくんが引き継がないとね、と表向きに言ってますが、のんきくんは彼らしくのびのび過ごしてくれたらいいなと思っています」
小田さんとゲンキくんのタッグが生み出したWans Laugh(ワンズ・ラフ)の『ワンコの森』。そこは、自然の中で愛犬との心のつながりを体験できる素敵な場所になりました。
私たち飼い主も、いつもそばにいてくれるワンちゃんも、皆平等に命の時間は限られたものです。
「もっと周りの目を気にせずに、ワンちゃんに自由に走り回らせてあげたい」
そんな願いを持つ飼い主さんは、“いつか”と言わず、“いま”からでも『ワンコの森』に足を運んだり、できることにトライしてみてはいかがでしょうか。今日の小さな行動が、この先ずっと記憶に残るワンちゃんとの思い出につながるかもしれません。