「やっぱり犬が必要」愛犬4頭とオオカミの森に棲む、写真家・中道さんが見つけた自分らしい生き方

「やっぱり犬が必要」愛犬4頭とオオカミの森に棲む、写真家・中道さんが見つけた自分らしい生き方

くらし

2023年09月20日 公開

20代はドッグトレーナーとして活動。アラスカでホッキョクグマやオーロラの撮影をきっかけに写真家として活動開始。2021年春に北海道標茶町の元オオカミの森へ移住。

「やっぱり犬が必要」愛犬4頭とオオカミの森に棲む、写真家・中道さんが見つけた自分らしい生き方

愛犬4頭と北海道の標茶町に移住した、写真家・中道智大さん

かつて『オオカミの森』と呼ばれた土地に、4頭の犬の群れを率いて移り住んだ男性がいます。

『オオカミの森』とは、北海道標茶町虹別にある、野生動物研究家の桑原康生さんが立ち上げたオオカミの生態を伝えるための施設です。野生動物の中で、特にオオカミに魅了された桑原さんは、オオカミにまつわるネイチャースクールを開催していました。

現在、桑原さんから森を引き継いでそこに暮らすのは、写真家の中道智大さんです。そして中道さんが率いる群れは、個性的な4頭の犬たちで構成されています。

北海道の標茶町に移住した、写真家・中道智大さんと愛犬4頭
北海道の標茶町に移住した、写真家・中道智大さんと愛犬4頭

優しく聡明な長女、ラブラドールレトリバーの楽ちゃん。
群れのリーダーであり頼れる長男、シェパードのドンくん。
能天気でマイペースな次男、ボルゾイのラフィキくん。
心優しい末っ子、ビーグルのぼすけくん。

写真家・中道さんの愛犬 ラブラドールレトリバー シェパード ボルゾイ ビーグル

まだオオカミたちの息遣いが残る7,000坪の広大な土地で、のびのびと暮らす犬たち。ここに至るまでの長い道のりとこれから向かう先を、中道さんにうかがいました。

獣医師の道に挫折し、ドッグトレーナーを目指す

「動物系のテレビ番組が大好きで、幼い頃はよく父の膝の上に座って一緒に見ていた記憶があります」

父親の影響で、幼いころから自然や動物に夢中だった中道さん。よく父親と動物園へ行ったり、図鑑を見たりしていました。そのうち、動物に関わる仕事に就きたいと考え、獣医を目指して猛勉強をします。

「でも獣医学部への受験に失敗してしまって……浪人もしたんですけど、やはりダメで。どんなに頑張っても自分には無理だってわかったんです」

獣医師を諦めた中道さんでしたが、やはり何か動物と関わる仕事をしたいという気持ちが消えませんでした。そんな時、ドッグトレーナーの養成専門学校の募集を見かけたことをきっかけに、ドッグトレーナーとしての道を歩み始めます。

トレーナーになり、迎えた愛犬がラブラドールレトリバーの楽(らく)ちゃんです。

「自分でマイドッグを育てるというのが、多くのトレーナーたちの夢の1つです。実家にも犬がいたことはありましたが、自分の愛犬という意味では楽が初めての子でした。」

中道さんの愛犬 ラブラドールレトリバーの楽(らく)ちゃん
中道さんの愛犬・ラブラドールレトリバーの楽ちゃん(生後4ヶ月)

ドッグトレーナー学校の教員にもなり、生徒たちのお手本になりたいという想いで迎えた楽ちゃん。生後2ヶ月の子犬の頃からともに過ごし、中道さんとも相性が抜群だったとか。

「ラブラドールレトリバーには、ショータイプとフィールドタイプの2種類がいます。ショータイプは、ガッチリとした体格で家庭犬として一般的です。フィールドタイプの方は日本には少なく、ショータイプよりも身体や顔がスリムで、警察犬などのお仕事に就いてきた種類です。そのため訓練に適している性質があります。楽は、フィールドタイプでした」

楽ちゃんは、中道さんの気持ちを汲み取ってくれる、まさに「いい子」。しつけで苦労した記憶もほとんどないといいます。中道さんが楽しむことを一緒に楽しんでくれるので、フリスビーやアジリティの大会にも出場しました。

中道さんは、愛犬・楽ちゃんとディスク競技にも出場経験あり
楽ちゃんとディスク競技にも出場経験あり

「犬を変えたければ、自分が変われ」ドッグトレーナー時代の教訓

その後、中道さんは千葉の房総へ引っ越し、シェパードのドンくんを迎えます。

中道さんの愛犬 シェパードのドンくん
ドンくん(シェパード)の子犬時代

ドンくんは、頭がよく、自分をしっかり持っていたため、コントロールするのが容易ではありませんでした。

「ドンには相当手を焼きました。本当にやんちゃで……いつも『お前なんかにコントロールされるものか』って言われている気がしていました。楽が手のかからない子だっただけに、ドッグトレーニングは一筋縄じゃないってことを改めて思い知らされました」

中道さんが求めていること、すべてに反発するドンくん。当時は、なぜいうことを聞いてくれないのか、理由もわからず焦りを感じていたそうです。でもある時中道さんは、先輩から『お前、犬に対して最低なことをしているぞ』と指摘され、ハッとします。

「その頃の私は考えも甘く、目の前にいる犬と向き合うのではなく『トレーナーとしてどう見えるか』ばかりを第一に考えてしまっていたんです。犬を育てること=自分自身を育てることなんだって、先輩たちから教えてもらいました」

中道さんの愛犬 シェパードのドンくん

「トレーナーなのに、愛犬すらコントロールできていないなんて恥ずかしい。そう思ってドンに接しているのが伝わったのでしょう。結局は、自分のためにドンを『理想の犬』という箱のなかに無理やり押し込もうとしていたんです。そりゃあ反発しますよね。犬を見栄えよく扱おうとしている未熟な自分の考えを、ドンには見透かされていたような気がします」

犬は鏡。犬を変えるには、人が変わるしかない。

自分の過ちに気づいた中道さんは、自分自身を変えようとしました。まずは、どんなに疲れていても落ち込んでいても、ネガティブな空気を家の中に持ち込まないこと。愛犬の前では、精神的に強い存在であることを行動で示しました。

こうした中道さんの地道な努力と意識改革によって、少しずつドンくんとの信頼関係も構築されていきました。

中道さんの愛犬 シェパードのドンくん
次第に愛犬・ドンくんとの絆も深まっていった

その後、中道さんは「群れを作りたい」とさらに2匹の犬を迎えます。ボルゾイのラフィキくんとビーグルのぼすけくんです。

中道さんの愛犬ボルゾイのラフィキくんとビーグルのぼすけくん
同じ時期に中道さんの家に来たふたりはいつも一緒

「群れならではの犬同士のやりとりを感じたかったんです。人間と同じように、犬も頭数が増えるほど関係性が増え、仲間意識が生まれます。そんな犬社会が見えて来るのが面白いんです」

中道さんの愛犬 ラブラドールレトリバー シェパード ボルゾイ ビーグル

30歳の節目で転機。『オオカミの森』との出会い

ドッグトレーナーは、犬を変えるのではなく人間を変える仕事。そして、犬が人間の生活に対応できるよう、あえて干渉していかなければなりません。ドッグトレーナーの本質に気付いたからこそ、中道さんはドッグトレーナーを続けることに迷いを感じ始めます。

「犬との接し方だけでなく、自分自身も犬たちに鍛えてもらいました。ドッグトレーナーの道を選んだことは間違いなく僕のターニングポイントです。でも、僕には向いていなかったのでしょう。ドッグトレーニング以外で犬の素晴らしさ伝えられないか、考え始めました」

人生の進路に悩み始めた2018年。中道さんがちょうど30歳の節目を迎える時に、学生時代から興味を持っていたカメラを本格的に始めました。同時に、写真家の星野道夫さんと野生動物研究家の桑原康生さんとも出会い、再び転機がやってきました。

まずは、星野道夫さんの没後20年を機に開催された写真展に行ったことです。

元来自然と動物、そして写真が大好きだった中道さんにとって、星野さんは憧れの人物。幼いころから食い入るように観ていたテレビ番組『どうぶつ奇想天外!』にも出演していた方でした。

中道さんがお気に入りの写真家・星野道夫さんの書籍
中道さんがお気に入りの、写真家・星野道夫さんの書籍

展示会を境に、中道さんは星野さんの感性に憑りつかれ、星野さんに関する本を貪るように読みつくしました。そして、星野さんのことを調べていくうちに、星野さんとよく似た感性を持つ、一人の男性の存在を知ります。それが、桑原康生さんでした。

桑原さんは星野さんと同じくアラスカに魅了され、アラスカ大学に進学して野生動物の研究をしていた方です。北海道に移住してからは広大な土地に『オオカミの森』を作り、合計27頭のオオカミと暮らしていました。

野生動物研究家の桑原康生さん
野生動物研究者の桑原康生さん

中道さんは、桑原さんがまだ『オオカミの森』に住んでいることを知り、すぐさま連絡をとって、駆けつけました。桑原さんは、広大な牧草地と森のなか、ぽつんと建ったログハウスで暮らしていました。

しばらく話をすると、桑原さんは初対面にも関わらず、中道さんに「ここに住んでみないか?」と声をかけてくれました。

桑原さん夫妻は、最後の1頭のオオカミを看取り、役目を終えて故郷に帰ろうとしていたところでした。オオカミと過ごした思い出の場所は、想いを引き継いでくれるような人に譲りたいと、桑原さんが語ったそうです。

「桑原さんからのお誘いはとても嬉しかったです。でも、咄嗟に断ってしまいました……当時の私は、地元に住む安心感や仕事の安定を捨ててまで、たった一人で知らない場所に移住するのは“怖い”と感じてしまったんです」

同年夏、中道さんは星野さんの自宅があるアラスカへカメラを持って旅立ちました。自分の進むべき道はなんなのか、道標を探しに、尊敬する写真家・星野道夫さんの足跡をたどります。

「生きたいように生きる」アラスカのオーロラの空に誓う

「こんなオーロラ、10年に一度も見られないですよ!」

北極圏へ向けて深夜車を走らせている道中、ガイドさんの驚いたような叫び声が聞こえ、慌てて車を降りると、光の筋が連なりカーテンのようになったオーロラが目の前に広がっていました。とても大きいオーロラに長年従事しているガイドさんでさえ、感動していたそうです。

中道さんがアラスカで見たオーロラ

どこかで野生のオオカミの遠吠えが聞こえてきて、人生で最も地球を感じた瞬間。

中道さんは、自然と涙が溢れるなか、急いでiphoneを取り出し、この時に感じた自分の想いを録音しました。

「自分の生きたいように、生きればいい」

「日本に帰ると、あっという間にいつもの『日常』に戻ってしまうじゃないですか。だからこの光景を、そしてこの瞬間の気持ちを決して忘れないようにしたかったんです」

中道さんがアラスカで見たオーロラ

日本に帰り、中道さんはドッグトレーナーを辞めることを決意しました。薄々感じていた自分には向いていないかもしれない、という想いがアラスカの旅で確信に変わったのです。

「僕は、動物と同じくらいに自然も大好きなんです。自然は人間の解釈も干渉も必要としない、そのままの姿が美しいもの。アラスカで雄大な自然を目の当たりにして、自分のやりたいことはこれじゃないって気付けたんです」

自然と調和しながら、北海道で愛犬たちと暮らすことを決める

2020年には、中学時代の同級生と関東最大級のドッグランを立ち上げに参加し、ドッグトレーナー以外の新たな犬と関わる仕事を模索しました。

ドッグランの運営をする中道さん

しかし、想像以上の忙しさで、愛犬たちと関わる時間が激減。愛犬たちをないがしろにしながら、仕事で他人の犬とばかり関わっている。そんな矛盾した状況に苦しみます。

このまま地元・千葉で大好きな犬と関わりながら働くのが、落としどころかもしれない。両親のためにも、実家の近くに息子が定住して落ち着くのが親孝行なんじゃないか、と自分を納得させようとしていた中道さん。

「世間体も考え、どこかで『ちゃんとした大人にならないと』っていう焦燥感があったんだと思います。もちろんドッグラン時代のお客様や一緒に立ち上げた同級生には心から感謝しています。あの経験がなかったら今の自分はずっと甘えたままでした……」

そんな時、オーロラを見ながら聞こえてきたオオカミの遠吠えや、自分の心に約束した想いなど、アラスカでの記憶がふと蘇ってきました。

「もうそれで、北海道に行きたくてしょうがなくなっちゃったんですよね(笑)すぐさま桑原さんに連絡すると、『あそこの物件、まだ空いてるよ』とすべてを見透かすように笑っていました。本当はあの頃から、僕の心は決まっていたんでしょうね」

約2年の時を経て、中道さんはようやく北海道標茶町『オオカミの森』への移住を決めました。

自分にはやっぱり犬が必要。やっと見つけた自分らしい生き方

北海道まで4頭の群れを率いて、フェリーを乗り継いで、丸2日かけて移動しました。疲労困憊のなか、新たな居住地についた犬たちの様子は忘れられないものだったと中道さんは語ります。

「庭に放した途端、みんなバーっと一斉に走り出したんです。まだ雪も残る3月で、少し吹雪いていましたが、そんなのお構いなし。犬たちがいきいきと駆け回る姿を見て『ああ、ここへ来てよかったな』って確信できました」


いま中道さんは写真の腕を活かし、町おこし協力隊として標茶町の魅力を全国に紹介する活動の傍ら、自然の中での犬たちとの暮らしを撮影し、自らのSNSを通して発信しています。

最近は、人と犬との暮らしをテーマに写真も撮っています。

中道さんの愛犬 ラブラドールレトリバー シェパード ボルゾイ ビーグル

ドッグトレーナーもドッグランも辞めて、北海道に来た中道さん。もう仕事で犬と関わるのはやめて、いち飼い主として愛犬と生きようと決めていました。

「でも、結局最後は犬に戻ってきちゃったんですよね。あぁ、自分には犬が必要なんだって。皮肉な話ですよね(笑)」

いつか星野さんのように自分の写真集や展示会をするのが、中道さんの目標です。

今年8月には、モンゴルに渡って遊牧民と暮らすモンゴル特有の大型犬の取材に行きました。中道さんのレンズの先には、既に世界中の犬たちがいます。

「世界中を旅して、人と犬との暮らしを撮影したいですね。犬はやはり、人間にとって特別な動物ですから」

中道さんの愛犬 ラブラドールレトリバー シェパード ボルゾイ ビーグル