2023年09月13日 更新 (2023年08月04日 公開)

人間の生活をサポートしてくれた「補助犬」の引退後
「補助犬」という言葉を聞いたことがありますか?
補助犬とは盲導犬や聴導犬、介助犬など、身体が不自由な方の生活をサポートする犬たちのこと。日本では2023年5月現在、全国で949頭の補助犬が活躍しています。そのうち、目の不自由な人をサポートする盲導犬が836頭、耳の不自由な人をサポートする聴導犬が57頭、手足が不自由な人をサポートする介助犬が56頭です。(厚生労働省 令和5年度4月「身体障害者補助犬実働頭数」)。
一般的に補助犬たちは生後1歳くらいまでのパピー期を「パピーウォーカー」と呼ばれるボランティアの方の家庭で愛情をもって育てられます。その後、適性があると認められた犬だけが訓練所で補助犬としてのトレーニングを受け、必要とする方(パートナー)との訓練を経て共同生活をスタートさせます。
原則として同じパートナーの生活を支え続け、10歳を過ぎたころに引退することになります。
犬の10歳は、人間でいうと70歳前くらいに該当し、すでに高齢といえる年齢です。一生のほとんどをパートナーのサポート役として過ごしてきた補助犬たちは、引退後、いったいどのような余生を送っているのでしょうか?

自身も盲導犬のパートナーとして暮らしつつ、引退後の補助犬たちの支援活動に取り組んでいる方がいます。NPO法人日本サービスドッグ協会理事長の谷口二朗さんです。

谷口さんに、引退後の補助犬たちの生活について、そして引退後の補助犬たちへの支援活動についてお話を伺いました。
盲導犬・サファイアと出会い、人生が好転した谷口二朗さん
谷口さんが理事長を務めるNPO法人日本サービスドッグ協会(奈良県葛城市)は、今から約20年前に盲導犬ユーザーの有志が集まり、「人間のために働いてくれた補助犬たちの老後が、少しでも安らかで穏やかなものであるように」との願いから立ち上げた非営利団体です。
難病のため40代後半で視力を失った谷口さん自身も、日本サービスドッグ協会の初代理事長の講演を聞いたのがきっかけで、盲導犬ユーザーとなったのだそうです。
谷口さんが講演を聞いた当時は視力の低下が進んで、一人で外出するのも難しくなっていたころ。大好きな旅行や外出ができない不自由な生活が不安で、絶望的な気持ちで過ごしていたといいます。
「盲導犬と一緒に生き生きと活動している初代理事長の話を聞いて、パッと目の前が明るくなった気がしました。もともと犬が大好きだったこともあり、私も盲導犬の力を借りて前向きに生きようと決意。講演後、すぐに理事長に声をかけて盲導犬ユーザーになる方法を教えてもらいました」
盲導犬ユーザーになるためには、原則として次のような手順を踏む必要があります。
- 盲導犬を育成している団体や居住している自治体の福祉窓口に相談する
- 団体から説明を受けた上で、申し込み資格を満たしている場合は、団体に貸与の申し込みをする
- 書類審査や面接を受ける(居住環境やライフスタイル、家族の同意の有無によっては審査に落ちることもある)
- パートナー候補の犬とともに4週間の共同訓練を受ける
- 盲導犬貸与(自宅での盲導犬との生活をスタート)
盲導犬の数には限りがあるため、申し込んですぐに貸与が受けられるわけではありません。谷口さんが最初の盲導犬サファイアくんの紹介を受けることができたのは、申し込みから約2年後のことでした。
「最初に訓練所でサファイアに会った日の感動と喜びは、今も鮮明に覚えています。食堂の椅子に座って待っていた私に近寄ってくると膝の上にポスっと顔を置いて『ぼくサファイアだよ~よろしくね』と私の方を見あげてくれたんですよ。今もあのときのサファイアの可愛い顔が、脳裏に焼き付いています」
こうして最初から相性が抜群だった谷口さんとサファイアくんは4週間の共同訓練を終え、谷口さんの自宅での生活をスタートさせました。
実は当時、自宅で犬を飼っていた谷口さん。先住犬との相性が少々不安だったそうですが、陽気で社交的なサファイアくんはすぐに先住犬とも打ち解け、新しい暮らしに慣れていきました。

「サファイアは職場にも一緒に出勤し、業務が終わるまでずっとおとなしく待ってくれるんですよ。職員や患者さんたちにも可愛がってもらって、サファイアの周りはいつも笑顔が溢れていました。本当に嬉しかったなあ」と懐かしむ谷口さん。
それまでの谷口さんは、どこか行きたい場所があっても家族に頼む必要があり、家族の都合が良いときにしか外出ができませんでした。そして次第に引きこもりがちになっていったといいます。
しかしサファイアくんと出会い、谷口さんの生活も気持ちも大きく変わりました。サファイアくんのおかげで好きなときに好きな場所に出かけられるようになったからです。行動範囲が広がったことで、アクティブな性格も戻り、前向きで充実した毎日が再開しました。
「一緒にあちこち旅行したのも良い思い出です。大好きだったハワイも視力が落ちたせいで行く意欲も起きなくなってしまっていました。でもサファイアのおかげで、また楽しく行くことができました」

「パピー時代を海の近くで過ごしたサファイアは海が大好き。ハワイ島のビーチでは海に飛び込んで大喜びしていましたね。サファイアと一緒に風を切って歩いて、外に出かける楽しさが蘇ってきたんです」

アメリカは日本よりも補助犬への理解が深く、どこに行ってもサファイアくんとの入店を歓迎してもらえたそう。
「レストランなどで『盲導犬を同伴しても良いですか』と尋ねると、『当たり前だ。なんでそんなことをわざわざ聞くんだ?』と不思議がられたこともあります」
盲導犬である前に家族。だから最期まで一緒に暮らしたい

谷口さんに数えきれないほどの思い出をくれたサファイアくんですが、13歳で引退を迎えることになりました。通常、盲導犬の引退は10歳前後。サファイアくんは一般的な盲導犬よりも長く、谷口さんに健気に寄り添って暮らしてくれたのです。
補助犬の中でも比較的聴導犬や介護犬の場合は、引退後もそのままユーザーに引き取られることが多いといいます。一方で盲導犬はユーザーに視覚障害があるため引き取りが難しく、引退後は「引退犬ボランティア」の方に委託して最後まで看取ってもらうのが一般的です。
しかし谷口さんには、13年という長い年月を共に過ごし、家族として強い絆で結ばれたサファイアくんと別れて暮らすという選択はできませんでした。
「サファイアは盲導犬である前に、私の家族です。家族ならずっと一緒に生きていくのは当然のこと。最後までサファイアと一緒に暮らしたいと思ったのです」
幸い、すぐに2代目の盲導犬レフくんを迎えられたことや家族の協力が得られたこともあって、谷口さんは引退後も自宅でサファイアくんと一緒に暮らすことができました。サファイアくんは盲導犬という役割を終え、谷口さんの愛する家族として、第二の人生をスタートさせたのです。

引退後、しばらくの間はのんびり元気に暮らしていたサファイアくんでしたが、引退から9か月後に上顎にがんがみつかり、闘病生活が始まります。
当時、谷口さん自身も病気療養中でしたが「これまで支えてくれたサファイアを、今度は私が支える番。サファイアのためにできることは全てやろう」と決意します。名医と評判の獣医師に診てもらって腫瘍切除の手術を受けさせ、献身的な看病を続けました。
その甲斐あって一時は回復したものの、残念なことに手術から数か月後に再び同じ場所にがんが再発。脳への転移も見つかり、てんかんのような発作も出るようになってしまいました。
「目標だった15歳の誕生日は無事に迎えられたものの、徐々にやせ細っていくサファイアを見るのが辛かったですね。最後の2週間は食欲も落ちてきて、食いしん坊だったサファイアは、徐々に寝たきりになってしまいました。最期は辛かったと思いますが、サファイアは頑張りました。11月21日の私たちの結婚記念日を見届けた翌日、22日に天国へ。11月22日は良い夫婦の日ですから、サファイアは『これからも仲良く暮らしてね』というメッセージをくれたのかもしれませんね。最後まで私たちのことを守ってくれる、本当に優しい子でした」
優しくてみんなに愛されたサファイアくんと過ごした日々の思い出は、今も、谷口さんの心の支えとなっています。

引退した補助犬の幸せな余生を支援する『日本サービスドッグ協会』
数年前に定年退職し、今は2代目盲導犬のレフくんと暮らす谷口さん。ライフワークとして取り組んでいるのが、引退した補助犬への支援を行うNPO日本サービスドッグ協会の活動です。
もともとサファイアくんと一緒に暮らすようになったのを機に、メンバーの一人として活動に参加していましたが、数年前に理事長の役職を受け継ぎました。現在は、仲間とともに全国の引退犬ボランティアの方を対象に次のような活動を展開しています。
日本サービスドッグ協会の活動内容
- 引退犬のための自由に使える支援金の支給
(用途を医療費に限定せず、1回あたり一律5万円、3回まで支給可能) - 引退犬の高額療養費の支援
病気発症から
1年間に20万円以上医療費がかかった犬について5万円
1年間に30万円以上医療費がかかった犬について15万円
1年間に50万円以上医療費がかかった犬について30万円の支援金が支給されます。 - 介護用品の支給(おむつ、トイレシートなど)
- 介護用品のレンタル(スロープやバギーなど)
- シャンプーデー
月に1回、ペットケア専門士によるシャンプーサービス
(予約制、引退犬は無料、他は1頭3000円)が受けられる。 - 引退補助犬慰霊碑
設立15周年記念に宝塚動物霊園大阪別院(葛城市)に建立した「引退補助犬慰霊碑」への納骨が可能。

いずれの支援も、高齢になるまで人間のために働いてくれた補助犬に、安心して幸せな余生を過ごしてもらいたいという願いから続けているもの。

日本サービスドッグ協会の設立当初は主に街頭募金などにより資金を得ていましたが、SNSなどで地道に発信を続けた結果、最近では活動内容が広く知られるようになり、賛同する個人や企業からの寄附やサポートも増えてきているといいます。
「医療が進歩して、犬も人間と同様に長寿化が進んでいます。その分、介護の負担も大きくなってきていますが、引退後の補助犬が国や自治体などからのサポートを受けられるケースはは皆無に等しいです。ほとんどの引退犬ボランティアの皆さんは限られた予算の中で引退犬の介護や治療に取り組んでくださっています。しかし経済的な問題などで、十分な治療を続けられないケースもあります。だからこそ、私たちは活動を止めるわけにはいきません。これからも、引退犬が穏やかで幸せな余生を送れるよう、しっかり活動を継続していきます」と話す谷口さん。
目下の課題は、活動を引き継いでくれる後継者を探し、育てることだといいます。
「引退犬を幸せにしたいという願いで、20年間続いてきた活動を次の20年、30年に受け継いでいくのが私の最後のミッションだと思っています。なかなか大変なことで無理解な人から暴言を受けたこともありますが、とにかく活動を続けていくことが天国のサファイアをはじめ引退犬たちへの何よりの供養になると信じています」

一生の大半を人のために働いてくれた補助犬たちの幸せな老後を支える素敵な活動、これからも続いていくことを願ってやみません。
なお、同協会では随時寄附を受け付けていますが、物品の寄附は品目やタイミングによっては受け取れない場合があります。まずは電話やメールで問い合わせた上で、寄附の方法や時期を相談することをおすすめします。