アヒル口デザインの犬用口輪『quack』の仕掛け人、安達雅之さん
犬の無駄吠えや噛み付き、拾い食いなどの予防に使われる「口輪」。犬や周囲の人の安全のために必要なものだとは理解しつつも、なんとなく「犬がかわいそう」「犬が苦しそう」だと思っていませんか?
そんな口輪のマイナスイメージを払しょくするアイテムとして、世界的に支持を集めているのが、『quack(クアック)』です。

従来の口輪では考えられなかった可愛いアヒル口のデザイン、愛犬のストレス軽減を最大限に考えた素材や設計が高く評価され、今や累計販売数35万個を超える大ヒット商品となっています。
実は『quack』の企画・販売を手掛ける株式会社テラモトは、もともと環境美化用品のメーカー。それまでペット業界とは無縁だったというテラモトで、なぜ『quack』が生まれたのでしょうか?
『quack』の生みの親の一人である同社の安達雅之さんに、『quack』誕生のエピソードやその魅力、今後の展望について語っていただきました。

欧米の「犬に口輪を装着する」習慣を日本にも根付かせたい
株式会社テラモトは、1927年に大阪で創業した老舗企業。主に清掃用品や人工芝など環境美化用品を手掛ける総合メーカーとして成長を続けています。
新卒で同社に入社した安達雅之さんは、長くインテリアショップ向けの商品のマーケティングや企画を担当していましたが、2000年代後半くらいから、新規事業立ち上げにかかわるようになりました。
株式会社テラモトは、どんな新規事業を立ち上げるのかを慎重に議論した結果、将来性があり、かつメーカーとして長年培ってきた当社の技術やノウハウを活かせる市場として、ペット市場へ参入することを決めました。それに伴って立ち上げたのがペット事業部『OPPO』です。

「ブランド名でもあるOPPOの由来は、“尾っぽ(=しっぽ)”。動物たちが尾っぽ(しっぽ)で表現する感情や気持ちに寄り添うメーカーでありたいという想いから名付けたものです。この想いを体現し、お客様のニーズを満たすにはどうすればいいのか。部内のメンバー全員で情報収集・議論・検討することから事業がスタートしました」と安達さんは振り返ります。
そんな中、海外のペット事情をリサーチしていたメンバーが、「欧米では公共の場に犬を連れて行く際に犬と人、または犬同士のトラブルを防ぐために口輪を付けるのが珍しくない」という情報をキャッチ。口輪を商品化してはどうかという意見が上がりました。

「欧米は日本に比べて犬と一緒に出掛けられる場所が多い、社会にペットが溶け込んでいるという話をよく耳にしますが、それは飼い主さん側に、『周囲に迷惑をかけないようにリードや口輪を装着する、ちゃんとしつけをする』という意識が浸透しているということでもあるんですよね。そこで部内で議論を重ね、『日本でも今後は欧米のように、必要に応じて犬に口輪を使う習慣が定着していく可能性が高い』と分析、すぐに実現することは難しいにしても、口輪の活用を提案するブランドとして独自性が築けるのではないかと判断し、オリジナルの口輪を開発することに決めました」
「犬用口輪=怖い・かわいそう」従来の概念を覆す新発想
本来、口輪は愛犬の噛み付き・拾い食い・吠え防止などの用途として使われます。公園などの散歩コースには、人が食べたものやゴミが落ちていることもあります。人が食べられるものでも、犬にとっては危険な食材がありますし、万が一誤飲すると、大きな事故につながることもあるんです。
また、犬の体に痛みがある場合、痛い場所を触られると本能的に噛んでしまうこともあります。口輪は、このような事故から犬や人を守るためにも活用されます。
しかし、安達さんらは開発を進めるうちに、日本では、口輪に対するマイナスイメージが先行してしまい、正しい役割を理解されていないことが多いという現状に気づきました。
たとえば、愛犬の拾い食い防止のために口輪を付けるだけで、本当は優しくおとなしい犬なのに「あの犬は噛むから口輪をつけられているんだ」と誤解されて怖がられてしまったり、逆に「痛そうな器具をつけられてかわいそう」と飼い主さんが非難されてしまうケースもありました。
そこで、安達さんらが開発にあたって最もこだわったのがデザインの可愛らしさ。というのも、口輪のマイナスイメージの一因は、無機質な口輪の形状にあるかもしれない、と考えたからです。
「せっかく、飼い主さんが愛犬のためを思って装着しているのに、『口輪=怖い・かわいそう』と誤解されるのは残念ですし、そう思われたくないがために口輪の装着をためらい、事故が起きてしまっては元も子もありません。そうならないために、まずは可愛らしく、周囲の人たちにも受け入れてもらいやすいデザインを目指しました」と安達さん。
そして、試行錯誤の末に出した結論が、「アヒル口型の口輪」でした。マズル(犬の鼻から口にかけての部分)の形にしっかりフィットし、かつ舌が出せて水が飲める程度には口が開けるデザインになっています。

「愛犬の表情が読み取れるように目を隠さないデザインを考えたときに、一番デザインを描きやすかったのが、このアヒル口型でした。何より従来の口輪では考えられないくらい可愛らしいですから、これならこれまで口輪を躊躇していた飼い主さんにも受け入れてもらえるのではないかと思いました」と安達さんは振り返ります。
「愛犬のストレスを軽減」素材とサイズにこだわった口輪開発
そしてもう一つ、安達さんたち開発チームがこだわったのが、素材選びです。装着することによって犬が痛みや違和感、ストレスを感じてしまわないよう、柔らかい素材を探し、最終的に柔らかく柔軟性に富んだシリコンを採用。バンド部分には柔らかい綿を使っています。

「デザインと素材の他に、苦労したのはサイズの決定です。というのも、『quack』は既存の口輪と構造が大きく異なるので、既存製品のサイズを参考にすることができません。そのため、自社でいろいろな犬種やサイズのワンちゃんに寸法どりをさせてもらって、サイズバリエーションを作り上げていきました。おそらく100頭くらいのワンちゃんに協力してもらったと思います」
こうして何度も試行錯誤を繰り返した結果、デザインと素材、サイズ展開が決定。OPPO事業部立ち上げから1年後の2011年には試作品が完成しました。しかし、実は当時の安達さんには、「これは売れる!」という確信は持てなかったそうです。
「商品の質の良さには自信がありましたが、口輪をつける習慣がそれほど定着していない日本で、果たしてどれだけ需要があるのか読み切れていなかったため、正直なところ、本当に売れるのだろうか、飼い主さんに受け入れてもらえるのだろうかという不安がありました」
海外からも大反響! 犬用口輪に対する偏見からの脱却
そこでOPPOでは、すぐに『quack』を発売するのではなく、まずは2011年8月に開催された「インターペット」(国内最大規模のペット関連業界の展示会)に試作品を出展することに。同時期に開発した猫用アイテムとともに会場に『quack』を展示し、市場の反応を見ることにしました。
「驚くことに、『quack』は展示会で期待を大きく上回る反響をいただきました。展示会場で多くの皆さんに興味を持っていただいただけでなく、国内外のメディアでも大きく取り上げられました。お問い合わせをたくさんいただくことができ、発売に向けて確かな手ごたえを感じることができました。そこで改めて、頂いたご意見などを持ち帰って商品のブラッシュアップを重ね、1年後の2012年8月、いよいよ『quack』の発売に踏み切りました」
企画から発売まで、約2年間の試行錯誤を重ねた末に完成した「quack」は、それまでの口輪の概念を覆す画期的な商品として、発売直後から大きな注目を集め、順調に売れ行きを伸ばしました。
「実際に使ってくださった飼い主さんが、『すごく可愛いし、使いやすい』、『quackをつけて散歩にいくと、拾い食いできないから、安心』といったコメントとともに、SNSにquackを装着している愛犬の写真をUPしてくれたことによって、一気に認知度が上がり、予想を大きく上回るヒット商品に育てていただくことができました」
今では販売個数が、累計35万個を超えています。もちろん、一部にはまだ「口輪なんてかわいそう」というご意見もあるそうですが、概ね好意的に受け入れられており、安達さん自身も、『quack』の登場により従来の口輪のマイナスイメージが払しょくされつつあるのを実感しています。
「SNSのコメント欄などを見ていると、quackを利用中の飼い主さんが、口輪のことを知らない方に、口輪の本来の趣旨を教えてくださっている場面をみることもあります。quackが口輪の存在やその意義を知る1つのきっかけとなっていることも、すごく嬉しいですね」と安達さん。
トリマーや獣医師も使いやすい口輪にアップデート。短頭種用や猫用も
「お客様のSNSなどの発信から、学ぶこともたくさんあります。たとえば、ある飼い主さんが色違いでquackをご購入下さり、その日のワンちゃんの洋服の色に合わせて使い分けてくださっているのを見たときは感動しました。口輪でオシャレを楽しもうと思っていただけたことが、すごく嬉しかったですね」

発売後、お客様とのやり取りの中から、新商品も生まれました。
『quack』よりも開口部が狭く、犬の前歯が見えないように設計された『quack closed』です。

『quack closed』は、トリマーの方からの「quackだと前歯が出るので、トリミング中に噛まれてしまう。もう少し開口部を狭くして前歯が出ないようにできないか」というリクエストをもとに開発した商品です。

「開口部を狭くして犬の噛み付きリスクを抑えただけでなく、バンドの部分にはシャンプー中に水に塗れても蒸れにくいポリプロピレンという素材を採用するなど、トリマーや動物医療現場の方の使い勝手に配慮した商品となっています」
さらに、ブルドッグやパグなど、いわゆる短頭種の犬種の犬たちにも付けられる口輪が欲しい!という声を受けて、短頭犬種や猫用に特化した『quack face』も開発・発売。


超小型犬用に開発した『quack ss』と『quack closed ss』も加わり、全5種類の『quack』をラインナップしています。

現在は需要の多い小・中型犬用のみのラインナップですが、将来的には大型犬用の『quack』も前向きに検討したいとのこと。
「ペット事業に進出して実感しているのが、お客様との距離の近さです。清掃用品など当社が扱っている他の商品に比べても、OPPOの商品には、より多くのお客様からご意見やご要望がダイレクトに寄せられる傾向にありますし、使用シーンをSNSなどで直接見たり、商品を使った方・見た方の率直な感想を知ることができるのもペット関連商品の特徴だと思います。そういったお客様のご意見・ご要望にヒントを得て、既存商品のブラッシュアップや新製品の開発に繋げられることは、メーカーとして何よりの喜びです」と安達さん。
同社では、お客様とのコミュニケーションを深め、ご意見をヒアリングしやすい環境づくりの一環として、大阪にある本社1Fのショールームを改装してアンテナショップ『OPPO Atelier&Lab.』をオープン。愛犬用メニューもあるカフェや室内ドッグランを併設して、お散歩中に気軽に立ち寄っていただける場として公開しています。


口輪の普及を通じて、人と犬がより幸せに暮らせる社会を提案
『quack』の発売から丸10年。安達さんのこれからの目標は、ブランド立ち上げ当時に思い描いたように、「必要に応じて犬に口輪をつける習慣」を定着させることだと言います。
最近は『quack』の装着を奨励してくれるドッグランや、『quack』の使い方を教える講習会を開催してくださる動物病院も出てきました。また、以前はほとんど口輪を扱っていなかったホームセンターのペット売場でも『quack』が取り入れられ始めているそう。
「こういった嬉しい変化を受けて『OPPOは新しい市場を作ったよね』というお言葉をいただいたこともあります。これからは、quackをはじめとした商品の充実とサービスの向上を通じてさらに市場を拡大し、人と犬がより楽しく豊かな気持ちで暮らせる社会の実現に、貢献していきたいと思います」