2023年11月01日 更新 (2023年10月30日 公開)

ペットの犬種鑑定や遺伝性疾患検査を行う『Orivet(オリベット)』
近年、日本でもよく耳にするようになったペットの遺伝子検査サービス。
ミックスの犬が遺伝子検査を受けて、思わぬ犬種の血が混ざっているのが判明して感動……というエピソードを紹介するテレビ番組や動画配信を観たことがある方もいるかもしれません。
しかし、ペットの遺伝子検査は本来、犬種の判別だけを目的としたものではありません。検査を受けることで他にどのようなことがわかり、その結果はどのように役立てられているのでしょうか?
ペットの遺伝子検査の分野で世界的に高く評価されているOrivet Japanの神崎愛弓さんに伺いました。
痛みのない簡単なDNA検査で犬の疾患の有無も確認できる
『Orivet(オリベット)』は2013年にオーストラリアのメルボルンで、遺伝学の研究者であるジョージ・ソフロニディス(George Sofronidis)さんらが設立した、犬と猫の遺伝子検査を専門に行う企業です。日本では2016年にサービスを開始、現在は大阪を拠点に全国からの遺伝子検査依頼を受け付けています。

Orivetが手掛ける遺伝子検査は、以下の4種類。
Orivetの遺伝子検査の種類
- 遺伝性疾患検査
→遺伝性疾患にかかりやすい遺伝子を持っているかどうかを調べることが可能。現在の検査対象は86犬種。
- 遺伝性形質検査
→毛の色や長さなど、身体的特徴に関わる遺伝子を持っているかどうかを調べることが可能。
- DNA犬種鑑定
→ミックス犬にどんな犬種の祖先がいるのかを調べることが可能。
- 親子鑑定
→親子関係の有無を調べることが可能。
検査の手順は、以下の通りです。
日本からOrivetでDNA検査をする場合の手順
- Orivet JapanのHPからオンラインで検査を申請し、検査キットを注文
- Orivet Japanから送られてきたキットに入っているスワブ・ブラシを使って犬のサンプル(口の中の粘膜)を採取
- 採取したサンプルをOrivet Japanに送付、Orivet Japanからオーストラリアにサンプルを送付
- オーストラリアのラボで検査
- 検査結果レポートをEメールで受け取る(一部または全て英文。紙で受け取る場合は別料金)
病気の原因遺伝子を持つ犬=必ず発症する、とは限らない
- ノーマル(クリア)
→陰性。病気を引き起こす原因遺伝子を持っていません。
- アフェクテッド
→陽性。父犬、母犬の両方から病気になる原因遺伝子を受け継いでいます。特定の病気が発症する可能性が高い。
- キャリア
→病気を引き起こす原因遺伝子(対立遺伝子)をひとつ、母犬または父犬から受け継いでいます。常染色体劣性遺伝の病気の場合は発症しませんが、仔には継承するため交配相手の見極めが必要。
Orivet Japanの神崎さんは、検査結果について次のように注意を促します。

「アフェクテッド(遺伝子を持っている)と検査された個体のすべてが、病気を発症するわけではありません。犬によってはアフェクテッドでありながら一生発症せずに過ごせるケースも見受けられます。発症のタイミングはケースバイケースで、犬の食生活や環境、性格などによって異なると考えられています」
しかしOrivetでは、疾患項目の結果にアフェクテッドが出ている犬を交配させることは、疾患の種類にかかわらずおすすめしていません。

また、キャリアの犬は遺伝子を1つしか持っていないため原則として発症しませんが、キャリア同士もしくはキャリアとアフェクテッドの犬と交配すると、アフェクテッドが生まれてしまいます。
「キャリアを持つ犬を交配させる場合は必ずクリアの相手を探し、世代をかけてキャリアを交配から徐々に排除しながらノーマル(クリア)の個体を増やすよう計画してほしいです」
精度はほぼ100%。ブリーダーの多くがOrivetの検査を利用する理由
神崎さんによると、Orivetの検査の精度は、ほぼ100%。わずかに発生するエラーも、サンプルの採取が不十分であることによるもので、サンプルさえしっかりしていれば100%の精度を保てるといいます。

検査を受けてキャリアやアフェクテッドの結果が出た犬を交配させるかは個々のブリーダーの判断によりますが、そのリスクについては彼らから犬を迎える側の飼い主さんも知っておく必要がありそうです。
なお、検査の窓口は日本支社(大阪)で行いますが、検査自体はオーストラリアのラボで行われます。
そのため、国内の事業者に比べて時間がかかりますが(現在、受付~検査・検査結果が出るまで遺伝性疾患形質検査は約4〜6週間/犬種鑑定は6~8週間)、世界的な知名度の高さや国内では取扱いの少ないなか・大型犬の犬種鑑定を行っていること、検査可能項目が多い(約290項目)ことなどがSNSなどで評判を呼び、Orivetの検査件数は年々増加しています。
特に遺伝性疾患の検査は年間数千件に及んでおり、その依頼主のほとんどが、仕事として犬や猫の繁殖を手がけるブリーダーです。

年間120頭もの検査申し込みをされるブリーダーもいます。そして、ブリーダーからの依頼は、ほとんどが遺伝性疾患・形質項目が含まれるセット検査です。
「多くのブリーダーさんたちは、より健康で長生きする可能性が高い子犬・子猫を産出させるため、交配の前にはこういった検査をして疾患の遺伝子を持つ個体を交配しないよう心掛けています。こうしたブリーダーさんたちの努力は疾患に苦しみながら一生を過ごす犬や猫の数を減らすことにも繋がりますし、同時に、病気の犬と暮らす精神的な苦痛や経済的な負担を、飼い主さんやブリーダーさんに与えずに済みます」と神崎さん。
こういった理由から、オーストラリアを始め、いわゆるペット先進国では繁殖前に遺伝子検査を受けることが当たり前になりつつあるのだそうです。
形質遺伝子検査は、犬の「売れ残り」リスク軽減にも
また、病気のリスクを調べる遺伝性疾患検査の需要が高かったこれまでに加え、近年は犬や猫の毛の色や長さなど、身体的特徴を決める遺伝子の有無を調べる「形質遺伝子検査」の需要も増加傾向にあります。
その理由は、ペットの人気に「トレンド」があるからだと言います。
たとえば、茶色のトイプードルの人気が出ると、茶色の毛の犬をより多く産出させたいと考えるブリーダーも多いでしょう。
そこで親となる犬に形質遺伝子検査を受けさせ、その犬が何色の毛の遺伝子を持っているのかを明確にします。そのうえで茶色の毛の遺伝子を持つ犬を選んで交配し、茶色の毛の犬が生まれる確率が高くなるようコントロールするのです。
「毛の色を選んで交配することについては、いろいろな意見があるかもしれませんが、いわゆる「売れ残り」になってしまい、不遇な生活を強いられる犬を増やさないという意味では、有意義な取り組みと言えるでしょう」

DNA犬種鑑定では、犬種不明のミックス犬のルーツがわかる!
一方、ブリーダーではない飼い主個人の利用で多いのが、「DNA犬種鑑定」です。
昨年、有名なユーチューバーの方が同社の検査を利用し、ミックス犬の愛犬にどんな犬種の血が入っているのかを調べ、その結果を動画で配信。その反響で、この検査の申し込みが大きく増えたといいます。
特に保護犬の場合は、親の情報がまったくわからないケースが多いので、検査結果を見て『どんな犬種の血が入っているのかが、わかってスッキリした』と喜ぶ飼い主さんが多いのだそう。

たとえば、ミックス犬のkyleくん。DNA犬種鑑定によって、コーギーやマルチーズ、チワワも入っていることがわかりました。
また、ルーツに含まれる犬種が検出されると、その犬種がかかりやすい遺伝性疾患の情報も鑑定書に含まれます。犬種に応じた、病気対策にも役立ちます。
「どんな犬種の要素があるか分かるだけで、病院にかかるときにも有益な情報になるはずです。将来的に気を付けた方が良い疾患も把握できますよ」と神崎さん。
また、散歩の途中で「何犬と何犬のミックスですか?」と聞かれて今までは答えられなかった飼い主さんが、「ポメラニアンとプードルです」などと答えられるようになり、それがきっかけで飼い主さん同士の会話が弾んだり、健康管理のアドバイスをもらえたりした例もあるそう。
神崎さんは「個人的には、保護犬の譲渡会などでも遺伝情報を一緒に掲示してもらって、その犬が選ばれるきっかけの1つになればいいなと願っています」と話しています。
ただし、Orivetはこれまで主に海外で事業を展開してきたこともあって日本犬のデータがまだ乏しく、世界でもメジャーな秋田犬、柴犬、北海道犬、甲斐犬、四国犬、紀州犬以外の日本の和犬のルーツが混ざっていたとしても、正しく検出できず、単にMixedと記載されたり、日本犬のルーツである大陸犬(チャウチャウ犬、珍島犬など)として検出されたりすることがあるとのこと。
今後、日本での検査件数が増えて日本犬についてのデータが蓄積されていけば、より多くの日本犬の犬種も検出できるようになるかもしれませんね!
飼い主の意識改革が、ブリーダーの意識改革に繋がる
このように、次第に日本でも認知度を上げ、検査実績を増やしているOrivet。
Orivetの遺伝子検査は、これまでブリーダーの経験や勘で補ってきた部分を、科学的に、しかも『口腔粘膜の採取』という痛みのないお手軽な方法で実施できます。

このような検査を普及させることは、生まれながらに疾患を持つ不幸な犬や猫を確実に減らすことができるという点で、大きな意義があります。
「これまでペットの遺伝子検査において、日本は海外よりも遅れをとっていましたが、この数年間で随分とその重要性が浸透してきたという手ごたえを感じています。ブリーダーさんから犬や猫を迎える飼い主さん側も、遺伝子検査について正しい知識を持つことで、遺伝性疾患検査はブリーダーさんのモラルであり義務であるという意識をより高めることができると期待しています」
神崎さんは、ブリーダーの意識を変革するには、顧客である飼い主さん側が遺伝子検査の意義について、より深く理解し、健全な交配を志すブリーダーから犬猫を迎える必要があると指摘します。
「これからもSNSなどを活用しながら、ブリーダーに対してのみならず一般の飼い主さんに向けても地道な広報活動に取り組んでいきます」とのこと。

いまの日本での課題は検査日数の短縮と日本語での対応拡充です。より多くの普及を目指すため、海外機関ゆえのデメリット改善・解決を挙げています。
「検査キットを海外に送る必要があるため、どうしても国内の検査機関に比べて検査開始までの時間が長くなり、結果報告のタイミングも遅くなります。今後は検査キットを輸送する頻度を見直すなどして、できる限り早期に結果をご報告できるよう体制を整えていきます」という神崎さん。
「オーストラリア本国では完全ペーパーレスに成功していますが、日本では別料金が発生するにも関わらず紙の結果レポート郵送を望む方が多く、それもコストや時間がかかる原因となっています。オーストラリアではすでにクライアント自身が操作できるアプリの活用も始まっており、より短い時間で検査結果を知ることができるようになっていますので、日本でもそういったサービスを順次導入して結果レポート郵送サービスを廃止するのが目標です。遺伝子検査を受けることへの心理的・物理的なハードルを下げていきたいと考えています」
今後、もっと遺伝子検査が普及すれば、「遺伝子検査を行っていること」が、選ばれるブリーダーの条件となってくるのかもしれません。ブリーダーから犬を迎える予定のある方は、遺伝子検査の実施の有無に着目してブリーダーを選ぶと、より安心して新しい家族を迎えられるのではないでしょうか。