2023年09月22日 公開

最初は犬に服なんてありえないと思っていた、犬服デザイナーの武田斗環さん
「犬に服なんてありえへん」
今から20年近く前、ニュージーランドの大学でファッション・デザインを学んだ武田斗環さんは、心の中でこうつぶやきながら、ペット用品メーカーで毎日犬用の服を作っていました。

今でこそ犬も服を着ている姿は日常的になりましたが、当時はまだ珍しいものでした。
「本当は人の服作りがしたかったんです。それで就職選考の時につい、『アパレル』の文字に飛びついてに応募してしまい……入社後に、ペット用のアパレルということを知ったんです(笑)」
入社当初は犬に服を着せることの意義を理解できなかったという武田さんでしたが、仕事を通して少しずつ犬服の大切さを学んでいきました。
その後、武田さんはさらなる犬服の普及を目指して、犬服の型紙を販売する会社を設立します。さらに、2014年には『一般社団法人日本ペット服手作り協会®』を立ち上げ、犬服作りの講師の育成や、講師同士が協力し合える場所の提供も積極的に行ってきました。
こうした武田さんの取り組みによって、現在では日本全国に犬服作りの教室が広がっています。

現在、武田さんの製作した型紙を使って立ち上がったブランドは100以上。協会に所属する認定講師も約100人にまで登ります。

武田さんにとって犬服とは? 武田さんの活動と目指す社会について伺いました。
ただオシャレなだけじゃない。ペット用品メーカーで学んだ犬服の必要性
子どもの頃からもの作りが大好きだった武田さんは、洋裁や編み物が得意で、よく洋服やバッグ、あみぐるみなどを夢中になって作っていました。
留学先のニュージーランドでも服作りを学ぶため、大学でファッション・デザインを専攻します。しかし卒業後、日本に帰国し、思いがけずペット用グッズメーカーに入社。そこで犬用の服を作る部署に配属され、デザイン企画やマーケティングなどを担当しました。
はじめ、犬を飼ったことのなかった武田さんは、「犬に服? どうして?」と疑問を持ちながら仕事をこなしていました。しかし必死に犬の服作りに向き合っていくうちに、仕事に面白さを感じ始めます。
「純粋に新しい製品を作るのが楽しいな、と思うようになりました。毎シーズン、帽子やズボンなど新しいグッズが出てきて、『こんなの犬用で作れるんや!』って。好奇心もありましたし、帽子みたいに形が難しいものを犬用で作るって、普通そんな機会ないですよね。『それならやってやろう』という気持ちになりました」

最初は、犬服をつくる工程に魅力を感じ仕事に夢中にのめり込んでいった武田さんでしたが、やがて犬の服にはファッション以外にも、マナーや健康維持など、様々な役割があることを知ります。
「犬服は、マンションのエレベーター内やカフェのような室内では、愛犬の毛の飛散をかなり防ぐことができて、衛生面で役に立ちます。また、夏は直射日光から皮膚を守ったり、服を少し濡らしてから着せれば暑さを和らげたりもしてくれますし、冬は防寒としての機能も果たします。毛をまとっているとはいえ、寒さに弱い犬種もいます。真冬の寒い時期には、暖かい服を着せてあげれば安心なんです」
ふだんの生活以外でも、手術後に患部をカバーするための病後服や、足腰が弱くなった老犬の歩行をサポートする介護服など、犬の服の役割は多岐に渡ります。

武田さんは仕事を通して犬の身体のことや、犬服作りの基本、デザインする上で配慮することなど、たくさんのことを学びました。
そして入社から2年後、会社を退職。同僚4人で犬服ブランドを立ち上げ、会社を設立しました。
「当時、犬に服を着せている方はまだ多くはありませんでしたが、服の必要性を知り、業界としての伸びしろを感じたんです。この先、必ずニーズが増える、そんな発展途上のものに挑戦していきたい気持ちになりました」
初心者でも作れる 犬服型紙販売サイト『milla milla』を創業
「犬服をもっと普及させたい」という思いが強くなった武田さん。はじめに立ち上げたブランドは2年ほどで閉じてしまったものの、自身のキャリアの中で培った犬服の型紙のノウハウを生かして2009年に犬服型紙サイト『milla milla(ミラミラ)』を立ち上げます。
当時、犬服の販売はありましたが、犬服の型紙の販売は他に例がありませんでした。
一方、武田さんの『milla milla』では、無料で配布している型紙も多く、犬服作りが未経験の初心者でも、気軽に取り組めるようになっています。
「もちろん市販の犬服もいいと思うんですけど、やはりサイズに限界があるんですよね。犬は年齢や犬種によっても、みんなそれぞれ体格が異なります。一口に“Sサイズ”といっても、サイズの基準が統一されていなかったので、メーカーごとにSサイズの大きさも全然違う。だったら、私が標準規格を設定して、型紙で広めたらいいんだ! って思ったんです」
「サイズ問題」を解決するためには、身近なしつけ教室に協力してもらいました。手当たり次第に様々な体格のワンちゃんのサイズを測り、これまでなかった犬服のスタンダードサイズを生み出したのです。

「3S〜8Lまで、各サイズの代表的な犬種の体型に合わせています。フレブルやダックスフンドなど、特徴的な体型の犬種にも対応しています」
愛犬がアトピー性皮膚炎の飼い主さんから「病院で服を着せるように言われたが、多くの店をまわってもどうしてもサイズの合うものがなかった。『milla milla』さんの型紙のおかげで、ピッタリの服が作れました!」というお礼の声が届いたこともあるそうです。

『milla milla』のもう一つの特徴は「商用利用可能」であること。『milla milla』の型紙で犬服を作ったお客さんが、自分のブランドとして販売できるようになっています。
「お客さんが『私もブランドを作りました!』と写真を添えて報告してくれるんです。私と同じように、もの作りの好きな方が制作活動で収入を得る夢を実現できたら、こんなにうれしいことはありません」
これまで『milla milla』の無料型紙は130万件以上のダウンロード数を誇ります。そして、『milla milla』の型紙を使った犬服ブランドは100以上立ち上がりました。
女性の自立支援のため『日本ペット服手作り協会®』も設立
犬服作りが順調に普及する反面、問題もありました。犬服を販売する人が増えることで価格競争が生じ始めてしまったのです。その結果、多くのクリエイターさんが疲弊して、犬服作りをやめる方も出てきてしまいました。
この状況をどうにか打開したいと、武田さんは2014年、『一般社団法人日本ペット服手作り協会®』を立ち上げます。

協会の目的は次の3つです。
日本ペット服手作り協会®の目的
- 必要なときに、ペットが必要な服を手に入れられる社会を実現すること
- 犬服作りを教える仕事をしたい人に「協会認定講師」という信頼性を与えること
- 講師が皆で協力し合える場所を提供すること
協会では、ミシンの使い方に自信がない初心者向けの講座から、講師になるための講座まで、幅広く開講しています。講師講座を修了した方に授与される『ドッグウェアクリエイター®認定講師』の資格は、犬服作り教室や講座を開く際に、指導者としての技術を証明する手だてとなっています。
「犬服を販売するだけじゃなく、『教える』という道もあることをクリエイターさんたちに示してあげたかったんです。『協会認定講師』として活動できるようサポートすることで、職の提供、ひいては女性の自立につなげたい、と考えました」
『日本ペット服手作り協会®』を設立して、今年で9年目。認定講師は約100人にものぼります。これらの認定講師の資格は、女性の活躍を支援し、新たな目標や夢を与えています。
「もう楽しいことも、やりたいことも何一つないと思っていたけれど、犬服作りに出会ってから、生きがいや目標をもう一度持つことができた」という方もいました。現在では、「講師として犬服作りをたくさんの人に広げたい」と、全国を飛び回っています。
武田さんの一番弟子に、協会最年長の認定講師もいます。
「70代後半の講師が『生涯現役』を掲げて、『夢を持てば何歳からでも挑戦できる』と講師のメンバーや生徒さんに話してくれるおかげで『私も講師になりたいけれど、もう歳だから』と思っている方の勇気になるんですよね。とても頼もしい存在です」
手作りの犬服を通して、人々が尊重し合える社会を目指す
実は、協会を立ち上げた背景には、価格競争という課題解決だけでなく、武田さんのもう一つの思いがありました。
それは『多様な人を受け入れる意識を社会に広げたい』という想いです。その想いから、認定講師講座では、犬服作りの技術以上に、『教え方』を伝えられるよう意識しているといいます。
「講師を目指す方には生徒さん一人ひとりの人格を尊重することを心掛けてほしいんです。だから、『この生徒さんはこういう人だから』と勝手に決めつけずに、その方のことをよく見て受け入れて、長所を活かすような教え方を伝えています」

一人ひとりの先生が、生徒さんの人柄を認めて尊重する。
そんな拠点が全国に広がっていったら、日本を変えられるのではないか、という強い信念のもと活動しています。
「これって、犬服の先生だからこそできることだと思うんです。犬という弱い存在のために『服を手作りしてあげよう』という気持ちを持つ人なら、生徒さんや地域の人にも寄り添ってあげられると考えました。社会にそういう拠点を増やしていくことが私の目標です」
武田さんの教えを学んだ講師の方も、同じく「一人ひとりをありのままに認める、多様な社会の実現」を受け継ぎ、聴覚障害の方や半身まひの方も習いに来ている教室もあるとか。
「さまざまな事情を持つ方が、犬服作りを学びたい気持ちをあきらめることが無いように、講師の方も、試行錯誤してくださっています。きちんと生徒さんと向き合ってくださる講師の方が増えて、嬉しいです」
犬服事業を始めて約15年。ゴールのない商品開発「一生挑戦」
当初は「犬に服はありえない」と思っていた武田さんですが、犬服の面白さに魅了され、約15年。現在では、協会理事長、講師、商品開発、デザイナーと、犬服を起点にさまざまな顔を持っています。
なかでも、「商品開発している時が1番楽しい」とのこと。

「子どもの頃から、ものづくりが大好きだったもので。最近も『milla milla』で『立体革命』という新シリーズの型紙を開発して、うれしいことにとてもご好評いただいています。でも、商品開発にゴールはありません。まだまだ満足していませんよ。誰にでも作りやすくて、材料も手に入れやすく、着脱しやすい、動きやすい商品をいつまでも追求します。一生挑戦ですね」

そんな武田さんにも愛犬がいます。
『milla milla』立ち上げの直前にお家にやってきて、サイトと一緒に育ってきたリオくんです。家族を明るくし、忙しい武田さんにいつも癒しを与えてくれる存在だといいます。

「犬は人間ほど長く生きられません。うちの子も、もう14歳です。一緒にいられる間はその子と過ごせるかけがえのない時間を大切にしてほしい。本当にそれだけです」
武田さんが活動を始めて、犬服の型紙も増え、犬服を作れる場所も増えました。様々なシチュエーションで役に立つ犬服。ぜひ、愛犬に愛のこもった手作り服を、作ってあげてみてはいかがでしょうか。