盲導犬とのリアルな暮らしを発信する、浅井純子さん
皆さんは、盲導犬に対してどんなイメージを持っていますか?
「ストレスが多く寿命が短いらしい」
「ペットのワンちゃんのように、自由に遊べずかわいそう」
そんなイメージを持たれる人もいるのではないでしょうか。
「ヴィヴィッドを見ていると、到底ストレスが溜まっているようには見えないんですよ(笑)」
ハツラツとした笑顔でそう話してくれたのは、盲導犬との暮らしを発信している浅井純子さん。
浅井さんのYoutube番組やSNSでは、盲導犬ヴィヴィッドのお仕事中の様子や、リビングでくつろぐ姿、尻尾を振って遊ぶ姿など、盲導犬と盲導犬使用者のリアルな日常を覗くことができます。
普段見られない盲導犬の茶目っ気あふれる姿に、新鮮さを感じる人もいるかもしれません。

浅井さんが全盲となったのは、ヴィヴィッドが来てから半年が経った頃。一時期、不安で歩けなくなってしまった経験のある浅井さんですが、それでも盲導犬と歩くことを諦めませんでした。
「一度、盲導犬と暮らしてしまったら、もう離れられません」──。そうはっきりと話してくれた浅井さんに、盲導犬と歩くことの楽しさやヴィヴィッドが教えてくれた生きる喜びについて聞きました。
1ヶ月、訓練所で寝泊まり生活。盲導犬を迎えるまで
浅井さんに目の障害が出はじめたのは、30歳のころ。いくどの角膜移植を繰り返すなか、盲導犬と暮らす選択肢を知り、すぐに情報収集に踏み切ります。盲導犬の食事や排泄、ブラッシングなど、細やかなことも含めて盲導犬使用者や盲導犬協会に直接話を聞きに行きました。
「盲導犬に対して、“かわいそう”“大変そう”と思っていたのは、実はかつての私自身なんです」と浅井さん。
しかし、移動する前には必ず排泄をさせることや、いつも一定の場所でお水をあげるなど、必要なケアをきちんと習慣化している様子を知り、盲導犬に付いた「我慢」というイメージは浅井さんの中で消えていきました。
「むしろペットの子たちよりもちゃんとケアされているんじゃないか」と感じた浅井さんは、それなら大丈夫!という気持ちで、盲導犬を申請しました。
その後、「ヴィヴィッドに決まりました」という連絡が盲導犬協会から届きます。盲導犬の訓練士さんは、視覚障害を持つ方と盲導犬のそれぞれの特性を見てペアを決めていきますが、浅井さんとヴィヴィッドのペアは満場一致の結果だったそう。
「長年の経験を積んだ訓練士さんだけがわかる、相性の良さがきっとあったんでしょうね」と浅井さん。
ヴィヴィッドの兄弟で同じく盲導犬の子が他にいたにもかかわらず、「浅井さんはヴィヴィッドだよね!」と訓練士さん全員に言われ、浅井さんとヴィヴィッドのコンビが誕生しました。

ペアが決まったら、早速盲導犬と暮らすための訓練がはじまります。なんと1ヶ月間、訓練所での寝泊まりです。訓練開始から3日後から、ヴィヴィッドと暮らす日々がスタートしました。
「1日で集中して歩行訓練ができるのってせいぜい1〜2時間程度なんですよ。だから暇で暇で(笑)」
訓練士さんから教わったブラッシングの練習をしたり、初めての歯磨きにチャレンジしたり、ヴィヴィッドとたくさんコミュニケーションをとる日々を過ごします。そして訓練を終えたら、いよいよヴィヴィッドがいる日常が始まりました。
盲導犬・ヴィヴィッドと大都会へ出勤する毎日
浅井さんのお仕事は、大阪の大都会にある企業のヘルスキーパー。ヘルスキーパーとは、会社内にある施術室にて、従業員への理療の施術やセルフケア指導を担うお仕事です。ヴィヴィッドと共に電車で毎日通勤しています。
ヴィヴィッドは施術室に到着するとハーネスを外し、犬用のベットの上に横たわります。

「この子、社内をウロウロしてるんですよ。そんな会社、他にないですよ」と浅井さん。
ヴィヴィッドは毎日おもちゃを咥えて「ヤッホー」と仕事の仲間たちに挨拶に行きます。仕事が忙しくピリッとしている人も、ヴィヴィッドがやってくると思わず声色が柔らかくなってしまう。
「ヴィヴィッドは、ただいるだけで人を癒せるんです」
マッサージやお話を聞いて人を癒す仕事をする浅井さんも、ヴィヴィッドの癒し能力には感服なご様子。
勤務中、盲導犬はデスクの足元で待機することが普通とされるなか、なぜヴィヴィッドは自由に移動できるのかを尋ねてみると「もともと障害への理解のある会社だった」と言います。
浅井さんが今の会社に入ったのは、盲導犬を迎える前のこと。それにもかかわらず、社内をウロウロしていることに関しても、誰かから許可をもらったわけでもなく、「自然とそうなっていた」のだとか。疑問視する声が届いたことは、一度もなかったそうです。
以前、会社のビルの引越しがあった際に、「貨物エレベーターに乗るように」という指示がビルの管理会社から届きました。それを受けて総務部の人たちが「そんなのはおかしい。普通のエレベーターを使わせてください」と、直談判してくれたそう。そのことを、浅井さんはあとから知ったと言います。

もともと会社の中に犬が苦手な人も何人かいたなかで、なぜか『ヴィヴィッドなら大丈夫』と言ってくれる人が多いのもまた事実。ヴィヴィッドはおっとりとしていて、ツンデレな性格だからこそ、初めての方でもちょうどいい距離が保てるからなのかもしれません。
そんなヴィヴィッドの性格と、「ヴィヴィッドも従業員の一員である」という会社の皆さんの想いが、2人の働きやすさにつながっているようです。
真っ白な世界で、盲導犬・ヴィヴィッドをもう一度信じてみる
盲導犬を迎えた当時の浅井さんは、角膜移植をすることでぼんやりとヴィヴィッドの姿が見えていた状態でした。しかし、半年ほど経った頃、視力がすべて失われ、まったく見えない状態での暮らしが始まります。
浅井さんの著書では、外を歩けなくなってしまった当時の心境について語られています。
「ヴィヴィッドは何も変わってないのに、私が勝手に不安になってヴィヴィッドを信頼できなくなってしまったんです」と浅井さん。
うっすらとでもヴィヴィッドの姿が見えていた頃は、少し道を間違えたとしてもすぐに軌道修正ができました。しかし、まったく見えなくなると、ヴィヴィッドを信じるしかありません。
不安を感じると、ハーネスを引っ張る力が強くなったり、いつもと同じ道でも進むペースが変わったり、突然止まってしまったり。ヴィヴィッドはこれまで通り自信を持って歩いていたとしても、浅井さんの様子がいつもと違うことで、今度はヴィヴィッドも不安になります。
「道一つですら歩けなくなってしまったんです」
その不安を克服するために、浅井さんはもう一度、約1ヶ月の訓練に戻りました。歩行の仕方を復習したあとは、訓練士さんに「とにかくヴィヴィッドを信じて!」と言われつづけたそうです。

見えていたものが、まったく見えなくなるということ。そして、その「真っ白な世界」で再び歩くことは、とても勇気のいることだと想像します。
それでも浅井さんがヴィヴィッドとの歩行をやめなかったのは、あきらめる選択肢が微塵もなかったから。
盲導犬と歩く楽しさを知ってしまったからには、あきらめる選択肢はない──。浅井さんの意思はとても固いものでした。1ヶ月の再訓練を経て、再び2人は大都会の中を歩き始めたのです。
「白杖よりも“見守り”が増えた」盲導犬を連れるメリット
そもそも、白杖で歩くという選択肢もあるなかで、浅井さんはなぜ盲導犬と歩くことに強くこだわりを持っていたのでしょうか。そこには、2つの理由があります。
1つは、障害物にぶつからないから。視力が失われるほどに、まっすぐ歩行することが困難になります。白杖で歩いていると、歩道の脇にある自転車や看板に、「尋常じゃないくらいぶつかる」ところ、ヴィヴィッドと歩いていると一度も障害物にぶつかったことがないそうです。

2つ目は、白状よりも盲導犬のほうが目立ち、困ったときに助けてくれる人が増えるから。朝の通勤ラッシュの電車では、人混みで白杖が折られてしまうこともしばしばあるそうですが、盲導犬の場合、声で指示を出すため多くの人が存在に気づいてくれます。
基本的に歩行中は集中力を要するため、声をかけずに見守ることが大切です。しかし、電車やエレベーターを待っている間など、止まっているときは声をかけても大丈夫ですし、道や進むべき方角に迷っているときは「ぜひ助けてもらえるとうれしい」と浅井さんは言います。
通勤途中にあるコンビニの店員さんは「いつもと違うほう進んでるよ!」と声をかけてくれたり、ヴィヴィッドは改札を通るのが苦手なため、駅員さんが開けておいてくれたり。
「白杖で歩いていた時より、見守りがハンパない」と浅井さん。
『見守られている』という安心感は、盲導犬と歩くからこそなのかもしれません。
盲導犬は機械ではない。間違えることがあっても当たり前
浅井さんにとってヴィヴィッドとはどんな存在なのか、改めて聞いてみると、「同士」という答えが返ってきました。「同士」という表現には、「それぞれでも生きていけるけれど、ペアを組めばさらにパワーアップする関係」という意図が込められています。
盲導犬は、とても賢く大人しいイメージを持つ人が多いと思います。そのイメージには正解の部分もあれば、不正解の部分もあるようです。

しっかりと訓練を積んでいるワンちゃんではありますが、道を間違えたり、声をかけられれば喜んで尻尾をふって進行方向がわからなくなったり、食べ物の匂いに釣られたり。人間も間違えるのと同様に、盲導犬も常に完ぺきなわけではありません。
「彼らは機械ではないのだから」と、浅井さんは訴えます。
道を間違えたらヴィヴィッドを責めるのではなく、ヴィヴィッドと一緒に他の誰かに助けてもらう。「周りに人間がたくさんいるから、一緒に助けてもらおうよ」と、完ぺきを求めすぎないあり方が、お互いがストレスなくいられる秘訣なのでしょう。
「ヴィヴィッドにストレスが溜まるのが一番嫌です」と浅井さん。判断に迷ったときは「もし自分が犬だったら」と想像をして、都度やり方を模索しているそうです。
盲導犬との関係性は訓練所を出てから2人で築き上げていくものだ、と浅井さんは言います。
盲導犬の訓練を受けていれば一律のことができると思われがちですが、盲導犬にはそれぞれ個性があり、そしてその人との関係性によって行動や態度を変えてくることさえあります。
例えば、訓練士さんの前ではベットに上がらないというルールを守っていたヴィヴィッドも、訓練所を出た日は早速浅井さん家のベットに上がっていたそう。
「言ってたことと全然ちゃうやん!と思いましたよ(笑)」
一度ヴィヴィッドの要望を許してしまうと、ホテルのベットに乗ってしまったり、タクシーの席に乗ってしまったりする可能性があるため、改めてきちんとルールづけを行なっていきました。
ワンちゃんはその相手との信頼度や親密度によって、態度や行動を変えるものです。そんな時に「訓練士さんから教わったのにできてないじゃん」と思ってしまっては、盲導犬にとっても使用者にとってもストレスが溜まってしまいます。生活のルールや関係性を共に築いていこうとする姿勢が大切なようです。
まだまだ知られていない身体障害者補助犬法のこと
浅井さんは会社員として働く他、『暗闇ヘッドスパ 純度100』という“純度100%”の暗闇でヘッドスパを受けられるサロンを開業しました。もちろんヴィヴィッドも一緒です。
サロンではヴィヴィッドが他のワンちゃんたちと同じように、くつろいだりおもちゃを持って遊んでる姿を見ることができます。

盲導犬への理解については、「まだまだ浸透しているとは言えない」と浅井さんは言います。特に気になるのが、飲食店やショッピングセンターへ行くとき。20年ほど前に執行された「身体障害者補助犬法」では、百貨店や病院など、不特定多数の人が利用する施設であっても補助犬の入店が認められています。
しかし、この法律を知らずに「テラス席がないからワンちゃんはお断り」と盲導犬を断るお店は未だ少なくありません。「悪気があるわけでなく、知らないだけのことがほとんど」と考える浅井さんは、補助犬法や盲導犬のことをより多くの人に知ってもらえるように、発信活動を続けているのです。
ただ、もし盲導犬の臭いが気になるような場合は、むしろ入店を断ってほしいそうです。
「臭いがしないようにケアすることは盲導犬使用者の義務です」と浅井さん。もしそれを怠っている人が来た場合は、ハーネスポーチに書いてある盲導犬協会へ、速やかに報告するのが良いのだとか。
「法律で定められてはいますが、当然の権利ではないと私たちも理解しています」
公共の場で、ワンちゃんが苦手な人がいるのも当然のこと。お店と盲導犬使用者の二者間だけでなく、訓練の責任を持つ盲導犬協会にも相談をしながら、気持ちよく共生できる状態が理想と言えるでしょう。
犬がコミュニケーションを取り合うことの喜びを教えてくれた
浅井さんは目が悪くなる前から、お家で3匹のパグを飼っていました。昔から犬に慣れ親しんできた浅井さんに、ワンちゃんと暮らすことの魅力を聞いてみました。
「あの子たちはね、私が目が見えないことを理解しているんです」
浅井さんが立ち上がるとぶつからないように逃げることがパグ3匹の習慣となっていました。ヴィヴィッドも浅井さんが立ち上がると自分のベットに移動しますが、のんびりくつろいでいるときや移動したくないときは、尻尾をフローリングにバンバン叩きつけて「ここにいるよ!」とアピールしてくるそうです。

浅井さん曰く、ビビットはかなりの頭脳犯。「Go To Bed」と命令を出しても、「目が見えないのをいいことに、足音だけ立てて移動してなかったりするんですよ。バレてるよ!って言うと、渋々ベットに移動するんです(笑)」
ヴィヴィッドが頭脳犯でも、浅井さんにはバレバレです。楽しそうに歩いているか、渋々歩いているかさえ、足音から伝わってくるものなのだとか。

「目が見えなくても、ヴィヴィッドのように言葉が話せなくても、伝えられることはたくさんある」──。
盲導犬と暮らすことは決して容易なことではありません。
「でも、それ以上にヴィヴィッドが教えてくれることの多さを思うと、もう離れられないですね」
目が見えない浅井さん、言葉を持たないヴィヴィッド。それでも、2人は喜んだり不安になったり、ふざけ合ったり、そんな心の交換が毎日のように繰り広げられている姿は、コミュニケーションをとったり見守り合うことの喜びを思い出させてくれます。
浅井さんやヴィヴィッド君の暮らしをもっと知りたいという方は、youtubeでの発信や「暗闇サロン」にぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか?