2023年08月09日 公開

犬の飼い主同士の淡い恋模様を描く、漫画家・夏奈ほのさん
「ずっと犬を飼いたくて、憧れの一心から犬の漫画を描きはじめました」
そう話してくれたのは、漫画家の夏奈ほのさんです。
現在連載中の漫画『正反対なわたしたち』では、小型犬と暮らす女性と大型犬と暮らす正反対のふたりの恋模様を描いています。

犬好きが思わず共感してしまう“飼い主のあるあるエピソード”や、人間たちの生活に溶け込むワンちゃんたちの心境が丁寧に描かれているのが特徴です。
漫画にしてしまうほど小さな頃から犬のいる生活に憧れていた夏奈さんは、2023年の春、ついにペキプー(ペキニーズ×トイプードルのミックス)のぼのくんをお家に迎えました。

「ワンちゃんがそばにいる生活がいまだに信じられない」という夏奈さんに、愛犬を迎えた喜びや犬の魅力を存分に伝える作品づくりについて聞きました。
犬がいる生活の憧れを込めた漫画『正反対なわたしたち』
幼少期、戸建てエリアに住んでいた夏奈さんの近所には、さまざまな犬種のワンちゃんが暮らしていました。散歩をしているワンちゃんや、家の窓から外を覗いているワンちゃんの様子をよく目にしていたといいます。
しかし夏奈さんが、何度も「うちも飼いたい!」と両親に伝えたものの、家庭の事情でその願いは叶いませんでした……。
大人になってからも、SNSを見て犬とのくらしを夢見る気持ちが増していった夏奈さん。その憧れの気持ちからワンちゃんのイラストを描きはじめます。
まずは、会社員生活を送りながら、当時飼っていたハムスターと、ワンちゃんのLINEスタンプをつくったり、趣味で同人誌活動もおこなっていたりしていました。そんな夏奈さんの活動を見て、ある編集者から声がかかります。
それから2021年に本格的に漫画家としてデビューし、人間同士の恋愛模様を描いた連載漫画を2本担当するようにまでなりました。
忙しく執筆活動を続ける合間に、犬の作品を描いたのが漫画『正反対なわたしたち』のきっかけでした。
「人の物語をたくさん描いていたんですけど、やっぱりワンちゃんを描きたいなという気持ちが強くなったんです。『犬がいるくらしはこんな感じなのかなあ?』と妄想を膨らましながら描くのが楽しくて、私の趣味としてSNSに載せてみました」
夏奈さんの犬とのくらしへの憧れと、息抜きから生まれた作品は、SNSでの反響がとても大きかったそうです。
仕事の合間を見ては続きを描くうちに、2022年5月期の『pixivマンガ月例賞』の大賞に選ばれました。さらには編集者の目に止まり、同年には連載化が決定します。
多くの犬好きのファンから支持され、翌年3月には単行本も発売されました。

「この子しかいない」歯の神経と引き換えに愛犬と出会う
漫画を描くために街中を歩くワンちゃんや飼い主を観察し、犬に関する情報をたくさん収集してきた夏奈さん。漫画の連載が進むにつれ、ついに犬を飼いたい気持ちが爆発しました。
結婚のタイミングで、ペット可の物件へと引越し、犬を迎える準備を進めます。一方で、ペットショップへ行っては、迷い検討する日々が続きました。
気になる子に出会うことは何度もありましたが、初めてのワンちゃんを迎える不安もあり、なかなか決めることができませんでした。
そんなある日、一緒に買い物をしていた旦那さんの歯に痛みが走り、急遽歯医者に行くことにしました。その隣にあったペットショップにたまたま立ち寄ったときに出会ったのが、のちの愛犬・ぼのくんでした。
「いろんな子がいましたが、みんな元気いっぱい走り回っているのに、一匹だけマイペースでおっとりしている子がいたんです」
お店でその子犬を抱っこさせてもらうと、大人しく腕にすっぽりとおさまる様子が妙にしっくりときました。そして、もともと犬に慣れておらず触ることにすら抵抗があった旦那さんも、背中を押してくれたのです。
「夫の『この子しかいないんじゃない?』の一言で、私も覚悟を決めることができました。ぼのに出会えたことと引き換えに、夫は歯の神経を失いました(笑)でも、彼の歯のことがなければ、あの日ペットショップに行くことはなかったんです。本当にいい出会いだったと思っています」

まるで子育てのような大変さ。子犬のお世話としつけに追われる日々
「ペンネームである「ほの」と合わせて『ほのぼの』になればって思って名付けたんですけど、憧れていたほのぼのした生活とは全然違いました(笑)」
ペットショップではおっとりしているように見えていたぼのくんでしたが、実際に家に来てみると、やんちゃな子であることが判明します。

家に慣れてきたぼのくんは、いろんなものを壊してみたり、あちこちでおしっこしてしまったりもしました。夏奈さんや旦那さんの手を思いっきり噛むなどの噛み癖に悩んだこともあったそうです。

ご飯を与えても食べてくれず何度も吐いてしまって病院通いをしたり、何かとぼの対処に追われる日々だったといいます。
「半年経ってやっと落ち着いてきましたが、仕事もおろそかになるくらい大変でした。本当に子ども1人育ててるんじゃないかと思うくらい。子犬を迎えるって癒しだけじゃないんだなと、改めて実感しました」
夏奈さんは、漫画の勉強も兼ねてドッグトレーナーさんの元へ相談に行ったこともあります。そこで言われたのは、本来は母犬が教えることを人間が代わりにやる必要があるということです。
「通常は、犬同士で体を使って教え合いながら、噛むときの力加減を学び、成長していくそうです。だから私も母犬の代わりになってぼのに教えてあげるんだ! という気持ちで、あの手この手を試しました」
噛まれたときは無言で立ち去る、反対に噛まずに舐めてくれたときはたくさん褒めておやつをあげる、などメリハリをもって接しました。

「根気強くぼのと向き合うことで、だんだんとコミュニケーションがとれるようになってきたのを感じます。やっと”ほのぼの“になれたって感じですね(笑)」
家ではやんちゃですが、まだ外ではビビリなぼのくん。散歩を通じて少しずつ他のワンちゃんたちと触れ合いながら、社会化の特訓中です。
「いまはドッグランに出かけることを目標にしています。すぐ馴染むのは難しいかもしれないけれど、いつかぼのを広いところで走らせてあげたいんです!」
かけた分だけ愛情が返ってくる。愛犬の存在が仕事の活力に
「まるで人を一人育てるかのよう」だという子犬とのくらし。大変なこともあるけれど、それでも「やっぱり存在そのものが究極の幸せ」だといいます。
「ワンちゃんがそばにいるこの状況が幸せすぎて、いまだに信じられないんです。やっぱり家族だから、心配することや不安なことももちろんあるけど、ただただ愛おしい存在です」
ワンちゃんの魅力は存在そのものであることはもちろん、かけた愛情に応えてくれることも魅力の一つです。最初の数ヶ月はお世話に苦労したぼのくんも、最近では夏奈さんの後ろをピッタリとくっついて歩いたり、外から帰ってくると全力で喜んでくれたり、仕事中は夏奈さんの足元を離れなかったりと、全力で愛情を示してくれます。
「やっぱり責任感も芽生えます。この子を養っていくんだと思うと気が引き締まり、仕事も捗りますよね」

まだ漫画の中にぼのくんとのくらしは登場していませんが、ゆくゆくは自分が経験した子犬期ならではの苦労や喜びも、作品の中に描いていく予定なのだそう。
「ぼのをそのまま出すことはないかもしれませんが、自分の体験を作品にしていきたい気持ちは強くあります。私にとっては、ぼのとした経験そのものが漫画のアイデアの種になるので、ぼのが来てくれたことで仕事に対しても前向きに取り組めるようになりました」
犬とのくらしの“リアル”と“憧れ”の両方を伝えたい
漫画を描き始めた当初はまだ犬を飼ったことがなかった夏奈さん。犬を飼っている友人から話を聞いたり、SNSでの飼い主さんの投稿を見たりして、リサーチをしていたそうです。そこから生まれた物語のアイデアは、愛犬家の編集者さんと一緒にブラッシュアップしていました。
夏奈さんは、漫画を描くうえで犬とのくらしの“リアル”と“憧れ”の両方を描くことを大切にしているといいます。
「ぼのを迎える前『こんなワンちゃんとの生活、羨ましいなあ』という期待の気持ちを作品に込めていたように、漫画というファンタジーだからこそ描けるものもあると思います」
たとえば、作品の中のワンちゃん目線で心境が語られるシーンでは「ワンちゃんたちがこんなふうに思っていてくれたらいいな」という夏奈さんや飼い主さんたちの願いをのせているそうです。

『正反対なわたしたち』では、小さくふわふわとした毛とつぶらな瞳が特徴な犬種「ポメラニアン」と、大きくて忠誠心があり警察犬として重宝されてきた犬種「ロットワイラー」が登場し、犬好きなふたりのキューピットとなります。
ロットワイラーも珍しく、あまり街中で見かけない犬種で身近にも飼っている人がいなかったからこそ、『もし一緒に暮らせたら、こんな生活になるのかなぁ』と、妄想を膨らまして作品に落とし込んでいるといいます。
「大型犬も小型犬も、どんな犬にもそれぞれの魅力があると思います。私がいま飼えるのは小型犬のぼのだけですが、作品の中でいろんな犬種のキャラクターたちを動かせることがすごく楽しいんです。これからもいろんな犬種を登場させたいと思っているので、犬好きな方にも楽しみにしていただけるとうれしいです」
夏奈さんは、描く上でワンちゃんが作品の中で“生きている”ことを意識しています。飼い主たちが話しているときでもコマの隅で動いていたり、一匹一匹違う感情表現や仕草をしているそうです。
「細部の犬の動きにも注目していただけたら嬉しいです!」
今後は、夏奈さんの作品にぼのくんとくらしや実体験がどのように反映されるのでしょう。