シニア犬向けの体験型ドッグカフェ『meet ぐらんわん!』を営む中村真弓さん
日本で暮らす家庭犬の半数以上が7歳以上のシニア犬です。犬・猫の平均寿命は2010年以来伸び続け、現在飼われている犬の平均年齢は約7歳となっています。(一般社団法人 ペットフード協会「令和3年全国犬猫飼育実態調査」)
ペットの高齢化も騒がれる昨今、「食欲が少なくなってきた」「近くの病院に行ってみたけど、原因がわからなかった」など、愛犬の健康管理は飼い主にとって重要なトピックです。
犬は私たち人間よりも約4倍も早く歳をとります。ワンちゃんを飼うということは、共に年をとり、そして旅立つ姿を見届けることでもあるのです。
しかし、現在は犬の健康情報がネットに溢れる時代。何が正しく、そして何が自分や愛犬にフィットする情報なのか、自分で取捨選択することが必要になります。
そんなワンちゃんたち、特にシニア犬(6才〜7才以上のワンちゃん)を中心に、専門家監修のもと情報発信をおこなう『ぐらんわん!』というフリーマガジンがあります。2008年に第1号を創刊し、現在2023年では創刊15年目を迎えました。
そして2019年、『ぐらんわん!』の内容をリアルに体験できる場所として、東京都世田谷区にドッグカフェ『meet ぐらんわん!』をオープン。
『meet ぐらんわん!』では、補助グッズの販売のほか、ワンちゃんとともにいただけるカフェメニューの販売、予約制の一時預かり(日帰りのみ)、人とワンちゃんが一緒に行うトレーニングなどを体験することができます。
平日はご近所の方、休日は遠方から来られる方が多く、犬も人も文字通り“老若男女”が訪れる場所として賑わっています。
「私も含め、その日居合わせたお客さんも一緒になって、親身に話を聞いてあげて、みんなで考える。それがうちのカフェの魅力です」

そう話してくれたのは、『meet ぐらんわん!』を営む中村真弓さんです。
長らくシニア犬の情報発信に向き合ってきた中村さんに、カフェでの日常や日本の犬の介護に対する想い、そしてシニア犬の魅力を伺いました。
高齢の愛犬を門前払い…シニア犬の情報不足を感じ『ぐらんわん!』を創刊
中村さんが育ったのは、ワンちゃんだけでなくウサギや鳥も一緒に暮らす賑やかな家庭。特に、大学時代に実家に迎えたシーズーのプーちゃんは、特別な存在でした。

当時東京で一人暮らしをしていた中村さんにとって、プーちゃんは実家でたまにしか会えない存在。でもプーちゃんは中村さんに会うたびに、盛大な再会劇を繰り広げて大喜びしてくれたんです。
「当時テレビ電話もない頃なのに、よくプーちゃんとふたりで電話越しにおしゃべりしてました(笑)」
そんなある日、ご実家のお母さんがご高齢になってきたこともあり、プーちゃんを東京の家に迎えることに。
新しく飼っていた同じくシーズーのポッキーと三人での暮らしがスタートしました。

「犬は6〜7歳以上がシニア犬と呼ばれますが、当時プーちゃんは14才。それでも私の大好きなプーちゃんがすでにシニア犬だという自覚はあまりありませんでしたね」
ペットの歳をとるスピードの速さは、飼い主にはなかなか実感ができないものです。
しかし、プーちゃんを病院へ連れて行った際、『何で14歳になって、いまさら病院を変えるの? 今までの経過をみていないのに急には診察できない』と治療を断られてしまいます。数時間のトリミングでさえも、『シニア犬はお断り』と言われてしまいました。
「こんなに断られるなんて想像もしてなくて。誰に相談したらいいのかわからず戸惑いましたし、その時に初めてプーちゃんがもうかなり歳をとっていることを実感したんです」
プーちゃんに腫瘍が見つかり定期的に近くの病院へ通っていたものの適切な治療を施してもらえず、腫瘍専門医がいる動物病院に足を運んでみました。その病院の若い獣医さんは、『シニア犬だから』と門前払いするでもなく、むしろ『どうしてこんなに悪くなるまで放っておいたの?』と、親身に、そして力強く寄り添ってくれたそう。
「やっと相談に乗ってくれる人を見つけられたと安心する一方で、もっと早く情報をつかめていれば......と、両方の気持ちが混じるような心境でした」
当時の2008年ごろは、シニア犬の情報も個人のブログしかないような時代。きちんと専門家が監修している情報は不足しており、飼い主が自分の足で探すしかありませんでした。
そこで中村さんはこれまでのデザイナーとしてのキャリアを生かして、この課題に対して何かできることはないかと動き始めます。
『自分が協力できることがあるなら、お手伝いしますよ』と言ってくれた、その病院の獣医さん監修のもと、シニア犬の情報をまとめたフリーマガジン『ぐらんわん!』を創刊することとなったのです。
合言葉は「介護ゼロ」日本と海外で違うペットの看取り文化
2008年に創刊された『ぐらんわん!』は広告が控えめで、情報が丁寧にまとめられたフリーマガジンとして、飼い主さんたちの間で評価されていきました。

その後、SNSも登場し、シニア犬向けの商品なども増えていくなか、今度は「どの情報が正解かわからない」情報過多な時代が訪れました。
たとえば、シニア犬の歩行を支える補助具は、実際に装着してみないことには、その子が本当に求めているかどうか判断ができません。「文章と写真だけでは伝えきれないものがある」と感じていたそうです。
「犬同士、人間同士、直接コミュニケーションをとったり、身体的に体験するリアルな場が必要だと思ったんです。だからこそ、これまでフリーペーパーやWebサイトの『ぐらんわん!』で発信してきた内容を、ついに実店舗でやる時が来たと思いました」
そこで2019年に『meet ぐらんわん!』というドッグカフェスタイルのお店をオープンしました。
さまざまな媒体やカフェなど、発信の形が変わっても、中村さんは共通して「介護ゼロ」プロジェクトを掲げています。
「介護ゼロ」とは、丁寧な介護やケアを推奨するのではなく、シニア犬になっても介護をする必要がないように、ゼロ歳から健康を心がける、という考え方です。
「最後まで自分の足で立ち、自分の力でご飯を食べる。そして、元気に旅立つこと。それが本当のワンちゃんのしあわせの形だと思うんです」

実際にカフェを始めてみると、中村さんはあることに気付きました。それは、想像していた以上に、日本人は愛犬の介護をしたがる飼い主が多いということ。
海外では3日以上寝たきりの場合は安楽死を選択肢に入れるなど、健康寿命を重視しますが、日本では寝たきりであっても長生きさせることを重視する傾向にあると言います。
足腰が衰えてきたらお水を口元まで運んであげたり、面倒を見ることで飼い主は満足してしてしまう場合がありますが、「本来、ワンちゃんは自立したい動物のはず」と中村さんは考えます。いつもできていたことができなくなることは、ワンちゃんにとって苦しいことのはずです。
「だから私たちの役目は、長生きを目指して手厚い介護をすることではなく、できる限り自分で歩ける期間を伸ばしてあげることにあると思います」

『meet ぐらんわん!』で取り扱う補助グッズも「自分がしたいタイミングで、自分でできるように」という願いを込めた、「介護ゼロ」を目指すための取り組みの一つです。
また、「介護ゼロ」を広げたい背景には「飼い主さんに元気だった頃の記憶を失くしてほしくない」という気持ちもあるのだそう。長い期間介護がつづくと、亡くなった後も寝たきりで痩せ細った愛犬の姿ばかりが記憶に焼きついてしまう。
「それくらい介護はつらいものなんです」
元気に歩いていたワンちゃんを、亡くなったあともできるだけ鮮明に思い出せるように──。「介護ゼロ」という言葉には、そんな願いが込められています。
気軽に愛犬の相談、情報交換ができるドッグカフェ『meet ぐらんわん!』

「うちは、もはやカフェの領域を超えているんです(笑)」
そう話す、中村さんが営む『meet ぐらんわん!』では、日頃から自然と愛犬のお悩み相談会が開催されています。
たとえば、最初は『愛犬が歩けなくなってしまったので、補助する靴を買いに来た』というお客さんに対し、愛犬飼育管理士の資格を持つ中村さんは、ただ言われたままに靴を勧めることはしません。
歩き方などを見て違和感があれば、「水をガブガブ飲んでいたりしませんか?」など、飼い主さんに日頃と変わった点などを聞いて、ありとあらゆる病気の可能性も探ります。
もちろん『meet ぐらんわん!』は病院ではないため、専門的な話ができる場所ではありません。しかし、カフェにはシニア犬との暮らしを経験したことのあるお客さんも多いため、悩みを相談したり、自分の経験をもとにしたアドバイスをもらったりすることができます。
実際にお客さんからの助言を受けて病院に連れて行ったことが、病気の早期発見につながったこともありました。

「私も含め、その日居合わせたお客さんも一緒になって、親身に話を聞いてあげて、みんなで考える。それがうちのカフェの魅力です」
毎日そばにいると細かな変化に気づきにくいため、「第三者の目に触れること」は、ワンちゃんの健康状態を観察する上で重要です。
第三者に見てもらう方法は、病院やトリミングなど他にも手段はありますが、カフェはその中でも「最も気軽に来れる場所」と言っても良いでしょう。やはりペットショップだと何かを買いに短時間滞在するだけになってしまいがち。
しかしカフェであれば、食べたり飲んだりする間にお客さん同士の交流が生まれていきます。いきなり愛犬を連れてくるのが不安な場合には、はじめに様子見として飼い主さんだけで来る方もいるそうです。
「何も買わなくても、ただコーヒーを飲みにくるだけでもいい。誰もが気軽に来てもらえる場所でありたいから、カフェというスタイルを選びました」
ペットロスは後悔から? シニア犬の生き様が教えてくれること
カフェの中での交流が病気の発見につながったこともある一方で、訪れるのはシニア犬が多いこともあり、状況によっては「お店に来た1週間後に亡くなってしまった」と、報告を受けることもあります。
しかし、病気がわかってから亡くなるまでの間『できることはやった、やり切れた』と伝えてくれる飼い主さんも少なくありません。
「『もっとああしてあげればよかった』という想いは、誰にでも起こり得るもの。その愛犬への後悔の想いが、ペットロスにつながる原因のひとつだと思います」
老いていく愛犬にちゃんと向き合って、勉強したり、カフェで情報を得て実践したり、やり切れたと思えるようにしてあげたい、と中村さんは考えます。愛犬を亡くして、悲しんだりクヨクヨするのはごく自然なこと。でも、『うちの子もがんばったし、私もがんばった』と笑顔で報告してくれる方も中にはいるそうです。
「大切な愛犬を亡くした人がもう一度2代目、3代目のワンちゃんを迎えている様子を見ると、嬉しい気持ちになりますね」
泣いたり笑ったり、愛犬を亡くした時の気持ちの表現方法は人それぞれですが、次のワンちゃんを迎えられるということは、前へ進めた証拠。もちろん、前の子を忘れたわけではないので、また看取る瞬間が来るとわかっています。それでもなお、ワンちゃんと暮らしたい、次はもっと幸せにしてあげられると思えるからでしょう。

「シニア犬は、死生観を考えるきっかけを与えてくれる存在だと思います」
自分の愛するワンちゃんに、どんな風に生きてどんな風に旅立ってほしいか。それを考えることは、自分はどう生き、どう死にたいかを考えることと、ほとんど違いはありません。
「私も、ワンちゃんたちの生き様から多くのことを教えてもらっています」という中村さん。最愛のシーズー・プーちゃんは、病気になっても最後の最後まで「あきらめない」という生き様を示してくれました。
「プーちゃんが病気をして余命を告げられても、あきらめるのは人間の私だけだったんです」
手術をしたあとも散歩に行きたがったり、ご飯まで自分の足で歩いたりと、プーちゃんは最期の日までいつも通りに過ごそうとしていました。
「最期まで生きることをあきらめない」ーー。
必死に生きようとするプーちゃんの姿は、中村さんにあきらめずに最後まで挑戦することを教えてくれました。
愛犬の「介護ゼロ」のための犬生は0歳からはじまる
ありとあらゆるワンちゃんの様子を見てきた中村さんが考える、介護ゼロな人生を送るために飼い主が心がけるべきポイントは2つ。
- 毎日、愛犬を観察すること
- 犬が自力でできることは時間がかかっても見守り、自分でやらせる
まずは、愛犬は何が好きでどのくらいの時間をかけてどんな風に食べているかを毎日観察してみましょう。
食べる速度が遅くなった時も、単純に好き嫌いの場合もあれば、運動不足で食欲がない場合もあります。もしくは、歯が痛いなどの口の中のトラブルや病気が隠れている可能性も考えられます。ちょっとした違いに気づいてあげることができたら、病気の早期発見につながるかもしれません。
子犬のうちから食べ物に気をつけ毎日しっかり運動していれば、基本的には病院いらずの健康体でいてくれるはず。
また、もう1つアドバイスとして、子犬の頃から自立性を高めることが重要だと言います。
「要求すれば人間がなんでもやってくれると思っている子は、のちに介護が大変になります」
『老犬管理は0歳から』。これはシニア犬の健康と病気に詳しい、千葉県佐倉市にある若山動物病院、若山院長に教えていただいた考え方だそう。
0歳の頃からどう育てるかーー。シニア犬になるのは遠い未来のように思われますが、人間が思っている以上にワンちゃんが年をとるのはあっという間です。
元気な頃からよく観察し、自分で動ける子に育てて、「介護ゼロ」な人生を目指してみましょう。
「カフェに出会えたおかげで、愛犬は長生きできた」中村さんが活動をつづける理由
日々ワンちゃんが亡くなった報告を受けたり晩年に向き合うことは、決して楽なものではありません。精神的にもタフなお仕事をする中村さんを支えてくれているのは、やはり『愛犬の存在』でした。
「『ぐらんわん!』4号目をつくった頃、プーちゃんが亡くなってしまい『ぐらんわん!』を続けるかどうか迷った時期もありました。でもプーちゃんがきっかけをくれた活動だからこそ、ここで辞めてしまったらプーちゃんに失礼だと思ったんです」
発行をつづけ、そしてカフェを開店させ忙しく過ごす日々のなか、今度はポッキーが亡くなってしまいました。当時は犬たちをお留守番させカフェの営業が忙しく、ポッキーと過ごす時間が減ってしまっている最中……。
「新しいことに挑戦すると、大切なものを失ってしまうものですよね」
やり切れなさ、申し訳なさ、さまざまな感情が入り混じったお別れだったものの、その頃には『カフェがあるおかげで愛犬が長生きできた』と言ってくれるお客さんの存在が増えていたこともまた事実。
「毎日カフェに来てヨボヨボ運動して一生懸命生きようとしているワンちゃんを見ていると、辞めるわけにはいかないと思いました」

中村さんはプーちゃんやポッキーに「私たちはいなくなるけど、他のワンちゃんたちのためにがんばってよ」と日々背中を押される気持ちで活動を続けていると言います。
「介護ゼロ」の考え方やシニア犬の魅力がより世界に広がっていくように。そして、シニア犬と人間が共に暮らすパートナーとして、楽しく、いきいきとした姿で年をとり、旅立っていけるようにーー。