2023年07月13日 更新 (2023年07月05日 公開)

漫画経験ゼロのefrinmanさんが亡き愛犬を主人公に、漫画で書籍デビュー
「必ず別れはやってきます。あの悲しい思いは考えただけでも耐えがたいです。でも、それ以上に、犬との生活には幸せがあるんです」
そう語るのは、コミックエッセイ『エフ漫画 ゴールデンレトリバーのエフとコメとの楽しい暮らし』(以下『エフ漫画』)作者のefrinmanさん。

efrinmanさんも、愛する初代犬エフちゃんとの別れでペットロスを経験した一人です。元々は漫画家でもイラストレーターでもありませんでした。エフちゃんを失った寂しさを紛らわせようと、思い出を振り返りながら、表現したのが“漫画”でした。
efrinmanさんのインスタグラムに投稿された漫画が反響を呼び、『エフ漫画』として書籍化も果たします。発刊後、すぐに重版がかかり、翌年には第2弾も出版。累計発行部数は7万部を超える大ヒット作品となりました。(2023年6月時点)

エフちゃんを失った深い喪失感からどのように立ち直ったのか? 『エフ漫画』が生まれるまでのエピソードをefrinmanさんに伺いました。
念願の大型犬との暮らし。愛犬・エフが教えてくれたポジティブ思考
『エフ漫画』の主人公・ゴールデンレトリバー・エフちゃんとの出会いは、efrinmanさんご夫婦が、一軒家の購入をした時のこと。憧れの大型犬に絞って、リサーチを進めていくなかで、とあるゴールデンレトリバーの飼い主のブログサイトを見つけます。そして運よくブリーダーの情報の入手にも成功し、エフちゃんと初対面を果たしました。
「見せてもらった子犬は、もうこの世のものとは思えないくらいに可愛くて……。2匹いたうち、私になついてくれた方を『この子にします!』とすぐに決めて、連れて帰ったんです」

初めての大型犬の子犬の飼育は、「育犬ノイローゼになりそうでした」と語るほど。efrinmanさんが思い描いていたほど優雅なものではありませんでしたが、次第に心を通わせていきます。

「私が一生懸命に、“できたら褒める”を繰り返していくうちに、エフも学習してくれて。真剣にちゃんと向き合えば心が通じ合えるんだ、って感動しました」
そして、efrinmanさんはエフちゃんと暮らして、「今日一日を楽しく生きる」ことの大切さにも気付きました。
犬は、いくら歳をとっても未来への不安なんてありません。今を精一杯生きているだけ。そんな憂いのない純粋無垢な犬の姿が、ネガティブ思考で心配性なefrinmanさんにはとても新鮮に映ったのです。
「心配していいことなんて一個も無いんですよね。勝手に悪い方に考えるなんて本当にもったいないこと。いつも目の前のことを真っ直ぐ楽しむエフたちを見て、心からそう思えました」

危篤状態から一転。愛犬・エフが与えてくれた約3ヵ月半の猶予
エフちゃんを迎えたのは、efrinmanさんのお母様が亡くなってちょうど半年が経った頃。具合が悪い時、気分が落ち込んでいる時など、何も言わずに寄り添ったり、散歩に連れ出して励ましてくれたり。その存在そのものに救われたといいます。
「私にとって相棒や親友でもあり、娘のようでもあったエフ。思い返すと、成長したエフの包み込むような優しさは、母のように感じる時もありましたね」

しかしエフちゃんが12歳の時、健康診断で腎臓の数値が悪化していることが発覚します。
食事治療で約1年ほどは落ち着いて過ごせていたのですが、13歳の誕生日を迎える3日前に突然倒れてしまいました。すぐに動物病院で受診しましたが、その時、腎臓はすでに末期の症状。担当医からは「できる治療は点滴くらいしかない」と告げられ、efrinmanさんはショックを受けます。
寝たきりになり、目も開かなくなってしまったエフちゃん……。しかし、その2日後ご主人がエフちゃんの好物のバターロールを目の前に差し出したところ、おもむろに立ち上がり、ぶるぶると身体を振るわせ、むしゃむしゃとバターロールを食べ始めたのです。
それから約3ヵ月半の間、エフちゃんは驚くべき復活を見せてくれました。ご飯もよく食べて、水もたくさん飲み、外にお散歩に行ったりお出かけできるほどにまで回復。
お別れの日も自分でシートでトイレを済ませ、ベッドに横たわり眠ったように息を引き取りました。
痛みや苦しさも感じられないような、穏やかな最期。生涯を全うするエフちゃんを見て、efrinmanさんも穏やかな気持ちで、別れを告げることができたといいます。
「私はずっと『エフがいなくなったら生きていけない!』と思っていました。だけど、エフが最後の頑張りや見事な旅立ちを見せてくれたおかげで、不思議と前向きに送り出すことができたんです」
愛犬・エフがいない喪失感。溢れ出る思い出を漫画に綴った
それでも、やはり寂しい気持ちは度々襲ってきます。エフちゃんへの大きな喪失感は、なかなか収まりませんでした。
「家のどこを見渡しても、エフと暮らした痕跡が残っているんです。でも肝心なエフがいない。外に出て、いつもの散歩道を歩いても、しばらく涙が止まりませんでした」

家中にエフちゃんの写真を貼り、どこを見渡してもエフちゃんのいる状況を作りました。そして、犬がいたときにはできなかった、高級温泉旅館に行ってみたりと、様々な工夫を凝らします。
「でも、全然楽しくない。何か物足りない」
ひたすら深い悲しみに暮れるなかで、efrinmanさんは漫画にたどり着きます。思い出が頭から溢れて止まらない。その想いを漫画に込め、軽い気持ちでSNSに投稿しました。

「私は普通の会社員でした。しかも営業職でしたから、これまで漫画を描いた経験は一切ありません。でも、エフとの面白いエピソードを表現するのには漫画しかないと思ったんです」
すると、思いのほか反響が大きく、瞬く間に共感の声も多く寄せられました。
「それからというもの、皆さんのからの反応をもらえるのが楽しくって。毎日、自分を慰めるように夢中で漫画を描き続けました」
愛犬との暮らしをリアルに描く、『エフ漫画』は全て実話
efrinmanさんが描く『エフ漫画』は、4コマ〜10コマ程度のシンプルな構成です。エフちゃんやコメちゃんとの暮らしをすっきりとわかりやすく表現しているのが大きな特徴。

今では漫画のアカウントはフォロワー約14万人、犬の日常写真だけのアカウントでも約11万人とたくさんのファンがefrinmanさんの投稿を楽しみにしています。
『エフ漫画』を描くにあたって、efrinmanさんが普段から心掛けていることは2つ。
- 事実をありのまま描くこと
- 説明しすぎないこと
「私は絵のプロでもありませんし、何気ない愛犬との日常を描いただけ。それがこんなにも多くの方に見ていただけるようになるなんて、想像もしていませんでした。ただ唯一、誇れるのは、『全て愛犬・エフとコメとの実話』ということ。だからこそ、犬好きな皆さんの心にも届きやすいかもしれません」
特に、エフちゃんを看取った時の話は、反響が1番大きく、読んだ方からたくさんの手紙やメールが届きました。同じくゴールデンレトリバーとして暮らした経験がある人、20年ほど前の愛犬の看取りを昨日のことのように鮮やかに思い出されて涙が止まらなかったという人……。
愛犬の介護中の飼い主さんから「心が折れそうになる時もあるけれど、『エフ漫画』をそばに置いておいて、つらい時にはこれを読んで心を奮い立たせて頑張っています」という手紙をもらったことも。
『エフ漫画』は、命の旅立ちと向き合う飼い主たちをつなぎ、優しく励ます存在になっているのです。

エフちゃんを溺愛していたefrinmanさんのお父様も、『エフ漫画』の書籍化にはすごく喜び、何冊も買って親戚中に配っていたそうです。
「父も絵を描くことが好きなので、絵の出来にはとても厳しいんです(笑)。でもそんな父が、私の漫画を読んだあと『全部本当の話だからいいな』って一言。これまで父から絵を褒められたことがなかったので、すごく嬉しかったですね」

またefrinmanさんは、漫画内のセリフや文章もなるべく少なくなるように何度も削って調整しています。
「絵を見ただけでその時の情景が浮かんだ方が、より深く心に刺さると思うんです。だからあまり、説明的にならないように意識しています。出来るだけ、読者の方が感じ取った世界観を大切にしたいから」
多くを語らない、リアルな犬との暮らしを反映させた『エフ漫画』だからこそ、響くものがあるのかもしれません。
別れのつらさより、『犬と一緒に暮らす』幸せを選択
ふとした時に何度も訪れる悲しみの波に耐えながら、漫画を描いてなんとかエフちゃんのいない生活に慣れてきた頃。efrinmanさん夫婦は、同じくゴールデンレトリバーの子犬、“福ちゃん”のSNSを見ることが日課になっていました。

「この家庭も、福ちゃんの前に、“たけちゃん”というゴールデンレトリバーと暮らしていたんです。エフと同い年くらいで、親近感があり、ずっと見ていました。でも、たけちゃんも亡くなってしまって……。それから長いこと犬を迎えていなかったんです。でもある時、新しい子犬が登場して。それが福ちゃんでした」
あとから聞いた話によると、福ちゃんの飼い主さんは、efrinmanさんがエフちゃんの看取りをしている様子を見て『またゴールデンレトリバーを迎えようって決心できた』のだそう。
「飼い主さんからは、感謝のお言葉をいただきました。一方私たちも、福ちゃんの成長にはとても支えられていて、『今日の福ちゃんどうだった?』と毎日夫と会話をしていたんです」
SNSを通じて2代目犬を飼い始めたご家族を見守るなか、エフちゃんが亡くなってから半年ほどが過ぎ、efrinmanさんご夫婦にも少しずつ気持ちに変化が現れます。
「エフがお世話になっていたゴールデンレトリバーの先輩家族に挨拶に行き、久しぶりにゴールデンレトリバーを目の当たりにしました。優しくて甘えん坊で、私に抱きついてくれたんです。その瞬間『あぁ、やっぱりゴールデンレトリバーっていいな』って思いが込み上げてきましたね」
同時に、『最近、知り合いにゴールデンレトリバーの子犬が生まれた』と写真を見せてもらいました。2018年、戌年の1月1日生まれの、縁起の良さそうなゴールデンレトリバー。

その時までは、もう一度ゴールデンレトリバーを迎えるなんて、全く考えていなかったefrinmanさん。でもその写真に映っていた、あどけない子犬の顔がどうしても頭から離れなくなってしまいました。
興奮が醒めやらぬまま、efrinmanさんは一度帰宅し、「犬を迎えると必ずやってくる別れに、自分が再び耐えられるのかな」「もう一回頑張ってみようかな」と何度も考えを巡らせること、約1ヵ月半。冷静になって、自分の気持ちと真剣に向き合いました。
「別れは悲しい。でも、私は犬と暮らすことでたくさんの幸せを感じられる。その幸せを選択しよう」
efrinmanさんの不安をぬぐい去ってくれたのは、efrinmanさんの中で輝くエフちゃんとの楽しかった日常でした。こうして、新しい子犬を迎えることを決めたのです。
「エフが消えちゃうんじゃないか」2代目犬を迎えることへの不安
2代目の犬には「コメ」と命名。コメちゃんに会いに、ご主人と浜松まで車で向かいました。
コメちゃんとの出会いもエフちゃんと同じように、また必然的でした。待ち合わせ場所でブリーダーさんが芝生の上に小さなコメちゃんをおろすと、少しキョロキョロしながらも、まっすぐにefrinmanさんのご主人のほうへ走って来たのです。
小さな体で迷いなくご主人のもとに飛び込んでいくコメちゃんの姿を見た瞬間、efrinmanさんの葛藤も吹き飛び、「もう一度頑張ろう」と清々しい気持ちになれたそう。
コメちゃんは自宅まで帰る車中、寝たり、遊んだりと2〜3時間ずっとお利口でした。さらに自宅に到着すると、初めての家にもかかわらず、そのまま犬用のトイレに行き、用を足したのです。

そのトイレはエフちゃんがかつて使っていたもの。エフちゃんの他界から1年近く経っていましたが、エフちゃんの匂いがまだ残っていたのかもしれません。
「まるで我が家の先輩エフが『トイレはここよ』って、新人コメに教えてくれたようで、とても温かい気持ちになりました」

エフちゃんとコメちゃん、同じゴールデンレトリーバーの女の子ですが、性格は全然違います。
好奇心旺盛で行動力が抜群だったエフちゃんに対し、コメちゃんは慎重な性格でどちらかというと控えめです。おもちゃ遊びでも、エフちゃんは一瞬で噛んで破壊していたのが、コメちゃんは静かにはむはむと甘噛みをするくらい。
「うっかり食べ物を置いといてしまっても、コメが盗み食いをしたことはほとんどありません。キッチンからの立ち食いが特技だったエフと比べると拍子抜けしちゃって。はじめは病気かと心配してしまいました(笑)。なので、コメが時々いたずらをしてくれると、なんだか懐かしくて喜んでしまいます」

「実は、もし新しい子犬を迎えるにあたって、エフの存在が消えてしまったらどうしようっていう不安や迷いもありました。でも、不安や迷いは、コメと暮らすなかですーっと消えていきました」とefrinmanさんは嬉しそうに語ります。
エフちゃんがそこにいるかのように思わせてくれるコメちゃんとの新たな生活。

「コメと暮らし始めて、むしろエフの存在が今まで以上に大きくなったんです。エフはキラキラと光り輝く星になったというか、いつも私たちをエフがそばで見守ってくれているように思えています。コメを迎えて本当によかったです」
現在は、元保護猫のウメちゃんも家族に迎え入れ、夫婦2人と2匹で暮らしているefrinmanさん。
「コメって、身体は大きいけれどすごく気が小さくて、甘えん坊で頼りないんです。だから、猫が来たらもうちょっと気が強くならないかな、なんて思ったんです(笑)そして、仲間になって一緒に遊んだりできたら嬉しいなって」
ブリーダーさんの家でも猫と暮らしていたコメちゃんは、ウメちゃんも大好きに。トライアル時期に、いくらウメちゃんがシャーっと威嚇しても、パンッと猫パンチでコメちゃんをたたいても、コメちゃんはニコニコ笑顔。そんなコメちゃんにウメちゃんも安心し始めて、無事にefrinmanさんの家族になったそう。
その後もウメちゃんのコメちゃんへの態度は相変わらずですが、コメちゃんは怒るどころかいつもそばにいて、ウメちゃんを踏みつけないように気を付けてくれています。

「コメはウメに泣けるくらい優しいんです。ウメの保護者のような気持ちでいるのかもしれません」
ペットロスを経験したからこそ。誰かの背中を押せる漫画を描きたい
最初は、寂しさを紛らわせるために描き始めた漫画でしたが、読んでくれる人が増えることで、efrinmanさんの漫画への思いも変わっていきました。
誰かの慰めになったり、癒しになったり、笑顔を届けたり、一緒に暮らしていた愛犬のことを思い出すきっかけになったり、そんな「誰かのためになる漫画を描き続けたい」、そう思うようになったのです。

「私にとって、犬はなくてはならない存在です。迷いはありましたが、2代目の犬、コメを迎えたことで、エフのこともまた笑顔で思い出せるようになったし、幸せが倍増しました」
学ぶことも多く、たくさん笑わせてくれて、「今日も一日楽しく過ごそう」と思わせてくれる。あふれんばかりの幸せをくれる犬たち――。
「漫画を通して、愛犬を亡くした経験のある方にも、もう一度犬と暮らせるように背中を押せたら嬉しいですね」