「犬も靴を履くのが当たり前」の社会を目指す。世界初3Dプリンターによるオーダーメイド愛犬用シューズ『DogSoxx』

「犬も靴を履くのが当たり前」の社会を目指す。世界初3Dプリンターによるオーダーメイド愛犬用シューズ『DogSoxx』

犬のサービス

2023年09月13日 更新 (2023年02月03日 公開)

2019年に「犬の靴屋さんDogSoxx」を創業。動物用の靴の発明において特許を取得。愛玩動物飼養管理士2級。トイプードルの愛犬・ミルクとともに試作重ねている。

「犬も靴を履くのが当たり前」の社会を目指す。世界初3Dプリンターによるオーダーメイド愛犬用シューズ『DogSoxx』

世界初の製法で犬用シューズを作った千葉みつのりさん

犬用シューズは、危険物や汚れなどから愛犬の足を守ってくれる役割があります。夏は肉球の火傷(やけど)防止やアウトドアでのケガ防止に、冬は寒さ防止やしもやけ防止にも役立ちます。

ここ2、3年は特に利用者が増えてきており、街中でも犬用シューズを履いたワンちゃんを見かけるようになってきました。

しかし、まだまだ途上分野ではあります。「履かせるのが大変」「すぐ脱げてしまう」「愛犬が嫌がる」などの不便さがあり、犬用シューズの使用を断念してしまう飼い主さんも多いのではないでしょうか。

愛犬家歴22年の千葉みつのりさんも同じような悩みを持っていた飼い主の一人です。

DogSoxx®️代表の千葉みつのりさん
DogSoxx®️代表の千葉みつのりさん


千葉さんは、愛犬に合った靴探しをしていくうちに、犬用シューズの開発にたどり着きました。

そして、2年間、試行錯誤を繰り返していくことで出来上がったのが『DogSoxx』。注文を受けてから作るオーダーメイドの、これまでにない犬用シューズです。「愛犬の足にぴったりのサイズで脱げにくい!」「足袋みたいで、履かせやすい」と、SNSで評判の商品となりました。

3Dプリンターによるオーダーメイド愛犬用シューズ『DogSoxx』
3Dプリンターによるオーダーメイド愛犬用シューズ『DogSoxx』


2021年3月の販売開始以来、口コミで全国の飼い主さんに広まり、今や入手困難になるほどの人気を集めています。

「まさかこんなに注目してもらえるとは思っていなくて、正直、びっくりしています」と話す千葉さん。

世界初の愛犬用シューズ『DogSoxx』開発に至るまでの経緯や、愛犬用シューズの普及にかける想いについて、創業者の千葉みつのりさんにお話を聞きました。

愛犬に合った靴探しの末、独自に開発した『DogSoxx』

『DogSoxx』の開発・販売を手掛ける千葉みつのりさんは、東京・渋谷にあるマーケティング関連の会社の経営者。ものづくりとは縁遠かったといいます。

「もちろん靴なんて作ったことがありませんでしたし、3Dプリンターなんて実物を見たこともありませんでした」

そんな千葉さんが、愛犬用シューズの開発を思い立ったのは2017年のこと。愛犬・ララちゃん(トイプードル)の足のトラブルがきっかけでした。

トイプードルの愛犬・ララちゃん
千葉みつのりさんの愛犬・ララちゃん(トイプードル )


お散歩が大好きでとても元気な子だったララちゃんですが、晩年は脚の筋肉が衰えたことと、肉球が硬くなってしまったことが原因で、フローリングの床では滑って歩けなくなってしまいました。

「人間もそうだと思いますが、歩けなくなると、生活に張り合いがなくなるんでしょうね。明るい性格だったララが、すっかりふさぎ込むようになってしまって……。どうにかしてもう一度元気に歩いてもらいたくて、インターネットで情報を収集し、滑りにくさに定評があるというアメリカ製の愛犬用シューズを購入しました。履かせてみると、本当に滑らなくなったんですよ! 久しぶりにしっかりした足取りで歩くララを見られて、本当に嬉しかったですね」

ところが、喜んだのも束の間、そのシューズは一番小さいサイズだったにもかかわらず、ララちゃんの足には大きすぎて、少し歩いただけで脱げてしまうことがわかりました。

「何度履かせ直しても、すぐに脱げてしまって、脱げた途端にララが滑ってしまうので、怖くて履かせられなくなってしまいました」

千葉みつのりさんの愛犬・ララちゃん(トイプードル )
千葉みつのりさんの愛犬・ララちゃん(トイプードル )


結局、その後しばらくしてララちゃんは老衰で天国へ。

「最期はほぼ寝たきりになってしまったので、本当にかわいそうでした。もっと若いころから肉球をケアしてあげていたら、最期まで元気に自分の足で歩けたかもしれないな……と、すごく後悔しましたね」

ララちゃんとお別れしてから、もう1頭の愛犬・ミルクちゃん(トイプードル)には若いうちから靴を履かせて、肉球を守ろう、と決意したのです。

しかし再び靴探しを始めたものの、なかなか理想の靴には出会えませんでした。それでもあきらめず、ミルクちゃんに靴を履かせて歩いているところを観察しているうちに、脱げてしまう原因に気づいたのです。

「靴が脱げてしまうのは、足をまっすぐに伸ばしたとき。足首に遠心力が加わって、靴が飛んでいってしまいやすいんですよね。そこで、足首と靴の部分を固定できれば脱げなくなるだろうと考えるようになりました」

そこで千葉さんの頭に浮かんだのは、リーボックの『ポンプフューリー』というスニーカー。このスニーカーは、くるぶしの部分についているボタンを押してシューズの中の空気を出したり入れたりすることができ、その日の好みに応じて足へのフィット感を変えることができるという優れもの。空気圧で足にぴったりフィットさせられるから、靴紐がないのに脱げにくい画期的なアイテムです。

「すごくいいなあと思ったのですが、やはり愛犬用のシューズは小さすぎてポンプフューリーのような構造にするのは難しい。そこで、さらにいろいろ考えて、市販の愛犬用シューズ(シリコン製)に自分でマジックテープを付けて固定できるようにしてみました」

市販の愛犬用シューズにマジックテープをつけてリメイク
市販の愛犬用シューズにマジックテープをつけてリメイク


すると、マジックテープでしっかり足首部分が固定できたせいか、以前に比べて格段に脱げにくくすることに成功。ミルクちゃんも嫌がらなかったので、毎日の散歩にも履かせて行くようにしたそうです。すると、他ではあまり見かけないデザインだったこともあり、散歩の途中で出会う他の飼い主さんの注目を集め、「その靴、いいですね」と声を掛けられるようになりました。

周りの犬仲間からも好評だった試作品の愛犬用シューズ
周りの犬仲間からも好評だった試作品の愛犬用シューズ


「マジックテープで固定して脱げにくくしてあることを説明すると、自分も欲しいという飼い主さんが多くて。市販の愛犬用シューズに不満や不安をもっている飼い主さんがたくさんいることを改めて実感しました。特に夏のアスファルトの熱や路上の危険物から愛犬の足を守ってあげたいという声が多かったですね。私も同じ飼い主ですから、その気持ちは痛いほどわかります。皆さんのお話を聞いているうちに、ミルクに履かせているようなシューズを商品化すれば、皆さんの悩みを解消できるのではないかという気持ちが強くなっていきました」

愛犬・ミルクに導かれ、犬用シューズの事業化へ

商品化を決意したものの、千葉さんは企画のプロではあり、ものづくりの経験はほとんどありません。ビジネスとしての採算性に確証がもてないため、経営する会社の事業とすることもはばかられたと言います。

愛犬・ミルクに導かれ、犬用シューズの事業化へ

「社長を務めている会社も義父から引き継いだものなので、私自身に起業の経験はありません。作りたい商品はあるのに、どうやって作ればいいのか、どうやって事業化すれば良いのか、すごく悩みましたね」

そんな千葉さんに突破口を開いてくれたのが、愛犬・ミルクちゃんでした。ある日の散歩中、いつもの散歩コースとは違う方向に千葉さんを引っ張るようにして、ぐんぐん歩いていくミルクちゃん。ある掲示板の前で立ち止まると、おもむろに用を足し始めたそうです。

「ミルクが用を足すのを待っている間、何気なくその掲示板を見たところ、区が主催する起業セミナーの受講者を募集するチラシが貼ってあったんです。すぐに、『これだ! ここで犬の靴を事業化する方法を勉強しよう』と決意し、受講を申し込みました。今になって思うと、ミルクが「ここ掘れ、わんわん」とばかりに、私をあの掲示板の前に導いてくれたのかもしれません」

千葉みつのりさんの愛犬・ミルクちゃん(トイプードル)
千葉みつのりさんの愛犬・ミルクちゃん(トイプードル)


ミルクちゃんのお導き(?)で出会った創業セミナーは、千葉さんにとって非常に有意義なものでした。

「全6回の講座だったのですが、事業計画の立て方からブランディング、資金調達など起業に必要なノウハウを中小企業診断士の方が丁寧に教えてくださって、本当に勉強になりましたし、自分が温めていた愛犬用シューズのビジネスについても第三者の視点からアドバイスを受けられたのも、大きな収穫でした。さらに、受講後に『記念受験』のノリで申し込んだ東京都中小企業振興公社の創業助成事業の審査にも見事合格、2019年度の創業助成金の交付を受けることができました」

助成金が交付されることになって、事業化にやや難色を示していた家族の説得にも成功。「犬の靴屋さんDogSoxx」を創業し、いよいよ、愛犬用シューズの開発・商品化に本格的に取り組むことにとなったのです。

予算オーバー、100回以上の失敗…。『DogSoxx』完成までの苦節2年

「まずは靴の金型を作ろうということになったのですが、なかなか請け負ってくれる業者さんがみつかりませんでした。やっと見つけたと思ったら、金型の作成費用が予想以上に高価で驚きました」

金型の値段は、1つ約300万円。しかも1つの金型では1サイズしか作れません。様々な犬の足のサイズに対応するには、何種類もの金型を作らないといけなくなってしまいます。それでは、完全に予算オーバー……。金型はあきらめて、別の方法を考えることにしたのです。

ちょうどそのころ、新型コロナウイルスの感染拡大が始まり、社会情勢が急変。千葉さん自身もリモートワークを余儀なくされました。世の中全体が自粛モードで停滞感が漂っていたこの時期、意外にも千葉さんの靴づくりプロジェクトは大きく前に進むことになったのです。

「思いがけず時間ができたので、前々から気になっていた3Dプリンターの勉強をしたんです。3Dプリンターなら金型がいらないのでコストがぐっと抑えられますし、入力するデータを書き換えるだけで、いろいろなサイズの靴を作れるところに惹かれました」

早速3Dプリンターを購入した千葉さん。強くて柔軟な「熱可塑性ポリウレタン」という素材も入手して、自宅で試作に着手したそうなのですが……、やはり、現実はそう甘くありませんでした。

『DogSoxx』の制作に使用している3Dプリンター
『DogSoxx』の制作に使用している3Dプリンター


「3Dプリンター=魔法の箱、みたいなイメージ、ありますよね。あれ、嘘ですから(笑)。そう簡単に思い通りのものができるわけではなくて、最初は失敗の連続。なんとか理想通りのシューズを作り上げるまで、100回以上の試作を繰り返しました。まさに、生みの苦しみでしたね。でも、あの試行錯誤があったからこそ、3Dプリンターの操作方法をしっかり習得できましたし、なんとか商品として販売できるレベルの商品を作ることができるようになりました」と千葉さんは振り返ります。

『DogSoxx』が完成するまでの試作品の山
『DogSoxx』が完成するまでの試作品の山


こうして約2年間にも及ぶ苦心の末にできあがった『DogSoxx』。

靴の背面には切れ込みがあり、そこを開いて足を入れ、マジックテープで足首を固定する仕様になっています。内側にあるシリコン製のインナーパッドが足にフィットするため、脱げにくくできました。

現在、実際に制作・販売している『DogSoxx』
現在、実際に制作・販売している『DogSoxx』


このように形状に工夫を凝らし、履かせやすさと脱げにくさの機能性に長けた千葉さん渾身の製品となりました。また、カラーバリエーションも豊富で、デザインにおいても他にはない可愛さがあります。

『DogSoxx』の特徴

  • オーダーメイド
    愛犬の足のサイズにあわせて3Dプリンターで一つひとつ丁寧に制作。

  • 履かせやすいデザイン(意匠登録済)
    シューズの背面が大きく開くため、履かせやすい。足を入れたらマジックテープで留めるだけでOK。
  •  
  • 脱げにくいホールド機能(特許登録済)
    柔らかいシリコン製のクッションが脚に優しくフィットするので、激しく走っても脱げにくい。

  • 軽くて柔らかい
    医療器具にも使われる軽くて柔らかい素材TPU(熱可塑性ポリウレタン)を使用。気になる素材臭もなし。

  • 手洗いが可能で、衛生的
    汚れても中性洗剤とスポンジで簡単にキレイに洗え、繰り返し使える

そんな『DogSoxx』が世に出たのは、2021年3月のこと。大々的に広告したりはせず、Instagramに投稿することから始めました。すると、投稿が愛犬家の目にとまり、少しずつ、注文や問い合わせが入るように。

購入した飼い主さんがInstagramで「履かせやすい~!」「脱げにくい!」と『DogSoxx』を紹介してくれたり、テレビや雑誌に取り上げられたりしたこともあって徐々に知名度が向上、注文がどんどん増えていきました。

同年8月には特許の取得。千葉さんの愛犬・ララちゃんを始めとする犬愛が「世界初」の技術開発を成功させたのです。

2022年8月『DogSoxx』で特許の取得に成功
2022年8月『DogSoxx』で特許の取得に成功

「もっと多くの犬の足を守りたい」効率的に生産できる方法を模索中

今では職場の一角に3Dプリンターを8台設置し、連日フル稼働で制作する体制を取っています。しかし、千葉さん一人で個々の犬の足のサイズに合わせたデータを一足ずつ作っているため、1か月に制作できるのは20~30足ほど。2~3週間に1度の割合で注文を受け付けると、すぐに予定数が埋まってしまい、中には「1年待っても買えない」と嘆く飼い主さんも跡を絶ちません。

社内での『DogSoxx』制作の様子
社内での『DogSoxx』制作の様子

 

『DogSoxx』の注文~納品の流れ

    1. 注文
      2~3週間に1回の割合で予約を受け付け(日時は公式InstagramやHPなどで事前告知)。
      予約時に、愛犬の足のサイズを測って記入してもらっています。
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    3. 制作
      注文時に送られたサイズをもとにデータを作成し、データ通りのサイズに3Dプリンターで制作。

    4. 納品
      約1か月後に納品。万が一サイズが合わない場合は、納品後の調整可能。


予想を超える人気ぶりに嬉しい悲鳴を上げつつも、「購入してくださった飼い主さんから『やっと理想のシューズに出会えました』『これなら、安心してお散歩に行けます』という声をいただくと、苦労して開発した甲斐があったなと思いますし、すごく嬉しいです」と話す千葉さん。ただし、今のシューズが100点というわけではないと言います。

「まだまだ改善の余地はあると思っています。今後もお客様のご意見をいただきながら、改善を続けてより快適で安心できるシューズに近づけていきたいですね。それと、もう少し効率よく作れる方法も模索しています。日本には約710万頭の犬が飼われていると言われているのに、『DogSoxx』はまだ数百足しか出荷できていない状況。もっとたくさんの犬たちの足を守るために、『履かせやすく、脱げにくい』という『DogSoxx』の基本は守りつつ、量産できるタイプの製品が作れないか、検討中です」

原点は揺るがず「犬が自分の足で散歩を楽しみ続けられる」こと

実際に『DogSoxx』の販売を始めてから、気づかされたニーズもありました。

「販売前は想定していなかったのですが、生まれながら足に障害がある愛犬や、ケガや病気で上手く歩けなくなった愛犬のために『DogSoxx』を履かせたいというお声を多数いただいています。先日も、障害があって上手く歩けないので、生まれてからまだ1度も散歩に行ったことがないというワンちゃんの飼い主さんから相談があって、いろいろと工夫しながら調整しているところです。『DogSoxx』を履いて、生まれて初めてのお散歩に行ってくれたら、嬉しいですね」

千葉みつのりさんの犬用シューズ原点は揺るがず「犬が自分の足で散歩を楽しみ続けられる」こと

こういった飼い主さんとのやり取りや受注、制作、発送など『DogSoxx』に関わるすべての業務を、ほぼ一人でこなしている千葉さん。

本業の会社経営との両立が大変ではあるものの、毎日が充実していると言います。

「『DogSoxx』はすごく手間暇がかかるので、採算を考えると決してうまくいっているとは言えません。社員からは『社長がまた何かやってる』って冷めた目で見られてるような気もします(笑)。でも、やりがいはすごく大きいですね。私にとって『DogSoxx』は、ビジネスというよりライフワークなんです。これからも良い愛犬用シューズを作り続け、いつの日か犬が靴を履くのが当たり前の社会を作りたい。そして、すべての犬ができるだけ長く自分の足で散歩を楽しめるようにしたいと願っています。そしたらきっと、天国のララちゃんも、喜んでくれるんじゃないかな」

「愛犬の足を守りたい」と願う、『DogSoxx』代表・千葉みつのりさん

「愛犬の足を守りたい」という、千葉さんの純粋な願いから生まれた『DogSoxx』。最近では日常使いだけでなく海や山などアウトドアで履かせる飼い主さんも増えているそうです。アスファルトの熱や汚物の付着、路上の危険物から愛犬の足を守る新しい習慣として、愛犬用シューズの着用が日本に根付く日も遠くないかもしれません。