2023年06月26日 公開

「犬と暮らしたい」一途に思い続けたみやうち沙矢さん
みやうちさんと愛犬たちの最初の出会いは、高校3年生のときです。幼稚園の頃、実家で飼っていた雑種犬の「ペロ」をかわいがった記憶はあるものの、ある日、ペロが他界。それ以来、両親からは「死んじゃうとかわいそうだから」と飼うことを強く反対され、子どもの頃はずっと「犬と暮らしたい」と思い続けていました。
「高校3年生のときにやっと願いが叶ったんです。ブリーダーをしていた叔父が、高校卒業のお祝いにシェットランド・シープドッグの男の子を譲ってくれました。小さい頃からよく犬の絵を描いて、叔父さんに見てもらっていたんです。叔父さんは、私の犬への気持ちをわかってくれたんだと思います。私にとって初めての愛犬の名前は、『マーシー』と名付けました」

「小学生の頃からトリマーになると決めていました」と話すみやうちさんは、高校卒業後、トリマーを養成する学校へと進学しました。
学生時代に漫画家デビュー。犬の漫画執筆に向け熱烈アピール
専門学校でトリマーの資格を取得した後は、トリマーのアルバイトもしていたみやうちさん。2年生になり卒業間近の頃、一つの大きな転機が訪れます。漫画家デビューが決まったのです。
絵を描くことは子どもの頃から好きだけれど、「漫画家なんて夢のような話」だと思っていたと、みやうちさんは振り返ります。それでも、専門学校に入学後、世間の価値観に対する違和感や伝えたい思いが生まれ、漫画を描くようになりました。
「出版社の編集者さんに読んでほしい」と、まんが雑誌のコンテストに応募すると、漫画家デビューの一歩手前の「研究生」に選ばれます。
みやうちさんは専門学校を卒業するまで約1年の間、2ヵ月に一度、漫画家の研究生として漫画を投稿。デビュー作は、編集部の方針で恋愛漫画に。恋愛漫画を勉強しながら連載を続けました。
「原稿料をいただいて漫画を描けるようになったから、頑張らないと! と思う一方で、やはり犬に関わる仕事がしたいという思いを捨てきれなかったみやうちさん。
連載のかたわら、「犬の漫画を描かせてください」と編集者に企画の提案を続けていました。しかし「犬が主役の漫画は需要がないから」と、ずっと断られていたといいます。
それでも初めて、1回読み切りとして掲載された犬の長編漫画がありました。

「当時、一緒に暮らしていたマーシーよりも少し大きい、コリー犬と女の子が絆を深めていく物語を描きました。この漫画が『DOG SIGNAL(ドッグシグナル)』の原点です」
「犬を主役に描きませんか?」運命を変えた編集者の一言
その後も、数えきれないほど編集者たちに「犬の漫画を描かせてほしい」と企画を提案したものの、描ける場は見つけられず……。逆に、編集者からは、あくまでも恋愛漫画として犬が少し登場するならOKという条件をもらったことで、言われるままに描き、提案していました。
そのなかで、大きな転機を迎えることになります。
株式会社KADOKAWA編集者・宮内さんとの出会いです。宮内さんは、当時のみやうちさんから提案された漫画を読んで、「犬を主役にしませんか?」と一言。それまで編集者から渋い反応をされ続けてきたみやうちさんは、「本当にいいんですか?」と思わず聞き返したといいます。
編集者・宮内さんの「描いてください」という言葉を胸にすぐ帰宅し、わずか1週間で、連載の1話となるプロットを描き上げました。編集者の宮内さんは、当時をこのように振り返ります。
「みやうちさんの描く犬の表情がとても豊かで、犬に対する温かい愛情が感じられたんです。でも、見せていただいた漫画はどちらかというとお色気要素が強くて、『本当にこれを描きたいのかなあ、もったいないなあ』と。一番大事なのは、犬への思いです。みやうちさんの深い愛情がストレートに表現されれば、多くの方から必要とされる作品になると確信しました」
ドッグトレーニング漫画『DOG SIGNAL(ドッグシグナル)』の誕生
こうして生まれたのが、新米ドッグトレーナーが犬との生活を通して成長していくストーリー、『DOG SIGNAL(ドッグシグナル)』です。

編集者・宮内さんとの出会いから約5年、『DOG SIGNAL(ドッグシグナル)』は書籍化され、今年、アニメ化も決まりました。
みやうちさんがこの漫画を描く時に大切にしているのは、「飼い主の目線」です。
飼い主が犬との生活で困っていることをどうすれば解決できるか、一つひとつ飼い主さんが実践できるように、わかりやすく漫画で伝えることに力を注いでいます。
そこには、「飼い主と犬がもっと仲良く暮らしてほしい」という、みやうちさんの願いが込められています。
漫画のベースになってるのは歴代愛犬たちと自分の体験談。それに加えて、散歩やドッグランなどで出会う飼い主たちから受ける相談事、SNSで見かける飼い主たちの困り事などを織り交ぜています。
「昔の私なら、トレーニングができない飼い主さんを見ると『どうしてできないんだろう』ってイラっとしていたと思います」とみやうちさんは話します。
しかし、いろいろな飼い主との出会いを重ねる中で、「もしかしたら、正しいトレーニング方法を知らなくて、どうすればいいかわからないだけなのかもしれない」と考え方が変わっていったそうです。
自身も実際に愛犬たちとの関わり方で困ったこと、大変だったこと、反省したことがたくさんあるというみやうちさん。そんな自身の失敗談も積極的に活かしながら、「ウソのない、リアリティを追求したい」と、力を込めます。
「飼い主さんが困っていることを簡単な方法で解消することで、わんちゃんと飼い主さんが、もっと心が通じ合えて今よりも幸せになれるかもしれません。トレーニングは難しく考えなくてもいいんです。私も昔はそうだったのですが、トレーニングは犬にとっては遊びです。おやつをうまく使って、一緒に遊んでいくなかでいろいろなことを覚えていきます」
今では多くのファンに愛されているみやうちさんの『DOG SIGNAL(ドッグシグナル)』。この漫画をきっかけに、「犬が変わってきたように感じる」、「自分でも試してみたらできた」と、読者から声が届くことも多く、その瞬間、「本当にうれしくて、描いていてよかった」と思うそうです。
「これまで大変だったことはありませんか?」と、聞くと、「楽しいです。犬のことだけを考えればいいんですから」と満面の笑顔で答えてくれました。
「苦労を感じることもないんですよ。しいていえば、描きすぎて肘が痛くなったり、犬の名前を何にしようか考えたりするくらいです(笑)」
『DOG SIGNAL(ドッグシグナル)』を通して伝えたいこと
トレーニングなど、犬と心を通わせることを飼い主が一度諦めてしまうと、犬はそれ以上前に進めなくなってしまいます。でも、飼い主が頑張って伝え続けようとすれば、「犬にも気持ちが伝わる日がきっとやってくる」と、みやうちさんは信じています。
「飼い主さんは、犬の事情も理解すると、もっと犬と仲良くなれると思います。人は無意識に人間の生活に犬を合わせています」
散歩やご飯の時間を決める人も多いけれど、犬にとっては、決められた量さえ守れば何時でもいいんです。犬のトイレも、決められた場所から少しはみだしても、その場所にしてくれただけでOKとしてほしい。
「犬には犬の気持ちがあって、飼い主さんが犬の気持ちを大事にしようとしてくれるだけでも、その思いはきっと犬に伝わるはずです」
老犬になっても、生きようとする姿そのものが愛おしい
現在、みやうちさんは、トイ・プードルくんの「兄くん」とスタンダード・プードルの「坊ちゃん」と暮らしています。

それまでにも、最初の愛犬マーシーくんと、トイプードルのアックくんととこ坊、計3頭の犬と暮らしていて、まさに犬まみれの人生を歩んできました。


現在、一緒に暮らしている兄くんと坊ちゃんにあふれるばかりの愛情を注いでいます。みやうちさんによると、15歳になった兄くんはこれまで2度もがんを乗り越えました。兄くんも坊ちゃんも、若い頃と比べると老化を感じることもありますが、まだまだ早く走ったり、飛んだりと、元気な姿を見せてくれています。
「兄くんと坊ちゃんには、思うように生きてほしいです。色んな大病を乗り越えて、もうふたりとも15歳です。どんなに足掻いてもいつかは必ず旅立つのだから、楽しい気持ちになれることをしてあげたい。笑って暮らせたら。それだけかな」

「常に犬が中心」愛犬家みやうち沙矢さんの犬漫画への情熱
もともと運転をしなかったというみやうちさんですが、兄くんと坊ちゃんと生活をするうちに、車を運転するのが当たり前の日常へと変わりました。夜間救急病院など万が一の時にすぐ動けるように、と免許取得を決意したのです。
「最短の19日で取りました。毎日、朝から晩まで教習所に通っていましたね(笑)」
自宅から離れた公園やドッグランにも行けるようになり、行動範囲も出会いも広がりました。
「犬との生活で、健康を意識するようにもなって、徹夜もしなくなったんです。犬って人を変えるんだなって思いました。犬のおかげで人生が変わりました」
「常に犬が中心」と話すみやうちさん。これからも愛犬たちとの時間は人生に欠かせないようです。

「これからも犬の漫画を描き続けたいですね。もっと犬のことを勉強したいし、私が知ったことを、犬との生活で困っている飼い主さんたちに伝えていきたいです」