犬猫のおやつ・ごはん研究のパイオニア、Decoさん
ペット用ケーキは、昨今ペットショップなどで気軽に買えるようになりました。ですがほんの20年ほど前まで、犬の食の質はあまり重要視されていませんでした。
「愛犬・愛猫の食事は飼料じゃなく、家族の大切なごはんのはず」
ペットフードのあり方に違和感を抱いた今戸秀子(通称:Deco)さんは、まだ誰も犬猫の食に注目していなかった時代に、犬とネコのおやつ・ごはん研究家になりました。
それからというもの、愛犬のためのレシピ本をたくさん出版し、ドッグカフェや愛犬と飼い主が一緒に食べられるスイーツ・デリブランド『コミフ』も立ち上げました。
人と犬猫の食べ物の原材料にもこだわり、犬用デリやスイーツも世間に浸透させたDecoさん。しかし、その過程では専門家の不在や食品工場からの製造拒否など、様々な苦労もあったといいます。
Decoさんのペットの食事に対する熱い想いや今後の展望を、お聞きしました。

変化のないドッグフードの品質に疑問。「犬の食事」について考え始める

——Decoさんは犬とネコのおやつ・ごはん研究家として20年ほど活動されておられますが、どのような経緯で取り組みを始められたのでしょうか。
今戸秀子さん(通称Deco):もともと私は企画を考えて実現させるのが好きで、仲間と編集プロダクションを運営していました。
1998年頃、次の企画を考えていた時に「ペットブームが本格的に来ているな」と思ったんです。小型犬を飼う人が増えて、ペット市場が盛り上がっていた時代でした。
企画を練るために久しぶりにペットショップに行ったのですが、ブームなのにドッグフードの質は昔とあまり変わっていない印象を受けたんです。
——変わっていない、というと?
Deco:実家で昔から犬を飼っていたこともあり、私にとって犬は身近な存在でした。今でこそドッグフードは原材料にこだわっているものが多く販売されていますが、この頃は品質に重きが置かれていなくて、飼料のような扱いだったんです。
——そこで「犬の手作りごはん」に着目されたのですかね。
Deco:はい。実家で飼っていたミニチュアダックスフンドのボニーがドッグフードを食べなかったので、料理研究家の母がずっと手作りごはんを作ってあげていました。この母の習慣をきっかけに、これからは愛犬が食べるものにも気を遣いたい方も増えるのではと考えたんです。
——ご実家にいらっしゃった頃から、犬の手作りごはんが身近にあったのですね。
Deco:そうなんです。ボニーはとっても食いしん坊でしたが、市販のフードは一切受け付けなくて。母がかかりつけの獣医師さんに相談しながら「キャベツと牛すじの煮込み」といったようなものをよく作っていました。
——響きだけでも美味しそうです!
Deco:そうですよね(笑)ボニーもいつも喜んで食べていて、13歳まで生きました。
しかし、このように手作りごはんに馴染みはあったものの、企画段階では「自分で犬ごはんレシピ本を出版しよう」とはまったく考えていなかったんですよ。
——そうなんですか?
Deco:最初は専門家に著者になっていただき、自分自身は編集者の立場で動こうと考えていました。しかし当時は、犬ごはんに詳しい方や、取り組んでおられる方が全然おらず……。
見つからなくて困っていた時、出版社の方に「Decoさんが自分で書いてみたら?」と言われたのが始まりなんです。
——なるほど! 意外な経緯ですね! Decoさんご自身は、料理はよくされる方だったんですか?
Deco:いえいえ、母が料理上手なこともあり、リクエストすれば何でも作ってもらえる環境だったので、自分で料理をすることはあまりなかったです。ただ、小さい頃から下ごしらえなどの手伝いはよくしていたので、その経験が役に立ったと思います。
日本初「犬と人のためのおやつ本」を出版。飼い主さんの反響に手応え

——2000年に日本初、犬と人のためのおやつ本を出版されましたね。レシピ本を作ると決めてからは、どのように進められたんですか?
Deco:犬に与えてはいけない食材を確認したうえで、毎日試作を繰り返しました。初の著書では50種類を掲載していますが、最終的に100種類は作ったと思います。
出来上がったレシピを獣医師さんにチェックしていただいて、材料や分量などのアドバイスのもと完成させました。
——レシピを作るにあたって、特に難しかったことはありますか?
Deco:はい。材料の調整と料理の見映えの両立に苦労をしました。
——見映え、ですか?
Deco:砂糖や小麦粉をできるだけ減らして作るように心掛けたんですが、生地の膨らみにも影響するので、きれいな形にするのが難しくて。そのギリギリの分量を探るのが大変でしたね。
また、着色料などは使わず自然由来の食材を使うようにしているので、あんまりカラフルにできないんですよ。全体的に茶色っぽいメニューになるのが悩ましいところでもありました。
——たしかに、おやつで色味を出すのは難しそうです。
Deco:そうなんです。レシピ本を作っている時は、友人知人やワンちゃんのコミュニティなど色々な場所で声をかけて試食してもらって、どちらの反応も良かったものを厳選して掲載しました。
——どのような反応があったのでしょう?
Deco:ワンちゃんは……もうご想像通りかと思います(笑)。犬用おやつがほとんどない時代だったので、とても喜んで食べてくれました。
私としては、「うちの子はフード以外あげませんから結構です」っていう飼い主さんもいるのではと心配していましたが、ひとりもいなくて。むしろ「手作りのおやつがあるなんて」「入っている材料がわかるのが安心」と皆さん好意的で、これはきっと需要があるなと、大きな手応えを感じました。
——では、出版後の反響も大きかったのではないですか?
Deco:はい。自分でも驚くくらい取材がたくさん来ました。新聞、雑誌、テレビ、ラジオなど、出てないメディアはないんじゃないかっていうくらい(笑)
この本を買ってくださった方からも1000通以上はがきが来ましたね。試食の時と同様にどれも好意的な内容で、反応の大きさを改めて感じました。
——それはうれしいですね。やはりこの頃はまだDecoさんのお母様のように、手作りごはんやおやつを作る方が少なかったのでしょうか?
Deco:そうですね。作っている方はいたと思いますが、それを公表したり誰かと共有したりする場がなかったんじゃないかなと思います。まだまだインターネットも未発達で、調べる手段が限られていましたしね。
——さらに、出版の翌年にはDecoさんプロデュースでドッグカフェを開業されたとか?
Deco:はい。実はあのレシピ本のあとがきに「散歩の途中にプラッと寄れるようなドッグカフェを開くのが新たな目標になった」と記し、早くも1年後に実現することができました。
——カフェにはどのような想いがあったのでしょう?
Deco:この頃から、犬と人が一緒に楽しめる“何か”を見つけようと考えていたのです。そこで私は「ワンちゃんメニューが充実しているカフェ」を開きたいと思いついたのです。
当時からドッグカフェは存在していたのですが、犬のことを考えたごはんを扱っているお店はあまりありませんでした。
——なるほど、犬の手作りごはんを研究されたDecoさんならではのお考えですね!
Deco:2001年に『Deco's Dog Café』を代官山にオープンしてから、早20年。常連さんも多く来てくださるカフェになりました。